第9話 軽い訓練


「本当だね……」


 晩御飯を食べながら、俺はそういった。


『白雪月夜 15歳 レベル17 職業:盗賊

HP:564/564

MP:300/410

スタミナ:278/402

筋力:318

魔力:198

防御力:107

魔法防御力:火27 氷26 土37 風22 光12 闇15

敏捷:607

精神力:209

NEXT:645/909』


 まさかだと思ったのに、彼女は本当にステータスを持っていた。


 DEVIL TAKERの悪魔なのにもまるで俺たちプレーヤみたいにステータスを持っていてレベルも上がるし、スキルランクまで持っている。


 このあり得ない出来事にアンビリーバブルみたいな感嘆の声を連発していると月夜が肉を飲み込む音が聞こえてきた。


「信じてなかった?」


「信じられなかった、が正確だな。今の場合は。」


「どうして?」


「DEVIL TAKERで悪魔はステータスを持たないよ。だからレベルを上げるとか成長するって概念がいない。もしいたら普通の奴がボス以上に強くなってクリア自体ができなくなるかも知れないから。」


「でも私は持ってる。」


「だから困惑してる。」


 普通の悪魔がステータスを持っていてもあれなのに、ボス悪魔が持っていたとしたら本当にクリアできなくなる。いくら超リアルタイムにこだわるDEVIL TAKERでもクリア自体ができなくなったらゲームとして成立しないのでそこまではしなかった。

本来ならばな……


 今まで冒険をしてきた結果、この世界は俺が知ってる通りの世界だった。ただ彼女だけが、あれもこれも記憶と違う。当然本人もなんでなのか理由は知らない。


 常識外れだ。


 どうして人間の姿になれるのだろ?どうして悪魔がステータスを持ってるのだろ?どうして、レベルが17にしちゃ高いとはいえ、白虎である彼女のステータスがあれしかならないのだろ?


 わからない。わからないから、疑問がする。疑問は恐れとなって心を乱した。


「心配?私がいるでしょ。」


 そんな俺の顔を除きながら話すセリフにびっくりする。


「これからは私が啓人と一緒だから心配しないで。」


「……ああ。そうだね。」


 笑いながら月夜の頭を撫でてあげた。


 恐れといっても、別に彼女に対する恐れではなかった。っていうか彼女も俺も、もうお互いに武器を向ける気はいなかった。


 彼女は俺をどう見ているのかわからないけど、少なくとも俺にとって彼女は完全に妹みたいな存在になっていたからだ。


 何一つ解決できたことはないけど、今は味方ができたって事実に安心して食事を楽しんだ。


 満足したみたいに今日倒したミノタウロスを食べながら月夜が言った。


「ところで啓人。」


「ん?」


「武器の使い方とか戦い方とか、もしかして知らない?」


「え?!あ…… やっぱそう見えてた……?」


 ともに迷宮に出て今日初めて息を合わせた俺たちはミノタウロスを相手に軽い軽傷程度で倒したという快挙かいきょを成し遂げた。


 すべてはマジシャンとしての俺のサポートと武器、そして盗賊特有の強力な攻撃力のおかげだった。


 でも野生の獣なみに動きがいい彼女に比べて俺はダメージを上げられる武器を持っていたのにも攻撃を仕掛ける前に戦いが終わってしまった。


「俺って、人生でけんかとかあんまりやったことないんだ。ここまでこれたのは純粋にスキルや道具をうまく使ったからだけ。だから普通の直接対決はあんまできないよ。」


「そう…… なんだ……」


 短くつぶやいた月夜は何か物思いにふけたみたいにあごをそっと引っ張る。


 本当に深く考えているので待ってあげたいけど3、4分が経ってもその状態だったので静かに問うことにした。


「あの…… どうした?」


 口を固く閉じていた彼女はチラッと俺を見て、首をうなずいていった。


「じゃあ私が教えてあげようか?」


「……はい?」


「戦い方。私が教えてあげる。」


 何を言っているのか理解するのに少し時間がかかった。


「ええ?!な、なんでそうなるんだよ。」


「せっかく強い武器だからちゃんと使えるほうがいいんじゃないかと思って。」


 そういっては「啓人はいつも何かに追われてるみたいに強さを欲しがっていたから。」とも突き加えた。


 確かにその通りだ。今の月夜みたいにこれからの冒険で俺が知らない出来事が起こらないという保証はどこにもない。考えてもわからないのなら強くなって備えることがベストだ。


 それに…… 強くなりたい。戦い方を学んでおけば奴らに復讐するとき異世界の道具以上に役に立つかもしれない。


 考えを終わらせた俺も彼女を見ながらうなずいた。


「お前の言うとおりだ。じゃあ頼む。よろしくね。」


「うん。」


 そう決まったらさっそく皿洗いを終わらせて向き合う。手には俺がミノタウロスの角で作ってあげたナイフを持っている。


「準備はいい?」


「もちろん。それで?今から俺は何をすればいい?」


「……何をしようか?」


「え?」


 首をかしげながら問い返す彼女の声に少なからず当惑する。


 口を隠すかのように顎をつかんだままじっと地面を眺めながら何かを一生懸命考える。


「まさか何も考えずに言った言葉だったのか?」


「考えた。皿洗いしてる間ずっと。」


「でも結論は出てないんだろ?」


 すっと視線を横にそらしてしかられた子供みたいに唇をそっと出す。


 いや、お前がすねるのはおかしいだろ…… 大丈夫なのか?不安になってきた。


「まずは…… 刀のふり方から見せて。」


「へいへい。」


 苦笑いしながら俺は月夜の指示に従った。


 剣を浮かばせてすぐそばにいる視線に照れくささを感じながら、2回、3回振り回した。


 月夜はそんな俺の素振りをじっと観察した。


「攻撃が単純すぎ。下手くそ。」


「気を使わないストレートな感想ありがとよ。それで?次は?」


「───うん。」


 短い返事が返ってきた瞬間、彼女の体が強烈に動いた。


「はえ……!?」


 軸になる右足が草を踏みにじって全身が1回転する。間抜けな音を出す俺を気にせず彼女の左足が上段に曲線を描いた。


 刹那の間その一連の動きを目でとらえて後ろへと下がろうとしたのにー 皮のスカートが開かれた。


 うそだろ?黒の…… クモ糸の刺繍だと?!


「クア……ッ?!」


「?!」


 敏捷600を超えるスピードの一撃がすぐ前にいた俺の胸をけって遠くまで飛ばした。


 腹の中にいた空気を吐き出した俺はそのまますごい勢いで地面を転び手足を落とすことで終わった。


 あ、月きれい……


 そんなのんびりした思いとは逆に呻き声をたてながらなんとか頭を上げると俺ほどびっくりした顔をしている月夜が慌てながらこっちに走ってきた。


「大丈夫?」


 訊いてくる彼女の表情は実に哀れで極まりない。明らかに被害者はこっちなのに俺が悪いことをした気がした。


「大丈夫大丈夫…… ゲホゲホ。気にしないで。」


「…… どうしてよけなかったの?反応する途中止まったでしょ?」


 しょうがないだろ男の子なんだから…… っていうかお前こそなんだ?それちゃんと大事なところ隠せるのか?逆に心配になるんだけど……


 当然そう聞くわけにはいかないので適当にごまかした。


「びっくりして体が固まっちまったんだよ。お前こそいきなり何するんだ。」


「やっぱ戦うのがいいと思って。」


 手を伸ばすのでそれを握って起きる。そして彼女は握っていたナイフを見下ろして再び俺を向き合いながら言った。


「私が使うのはナイフ。刃と盾の使い方は知らない。特に啓人の場合は特別だから。だからこれが一番だと思った。」


 本格的にナイフを握った彼女が静かに構える。


 瞼の奥から小さく闘争心が生まれてゾワッと肌が反応した。


 盾まで取り出した俺も腰を下げて戦う準備をする。


「なるほど…… 実践に勝る訓練はないってことか。」


「そういうこと。」


 わかったって意味で笑うと彼女が言った。


「始める前に一つだけ約束して。」


「なに?」


「疑わないって。」


「それは心配するなよ。今更お前を疑ったりしないから。」


 違うと首を振った。


「私が言ってるのは啓人。」


「え……?」


「啓人自信を、疑わないで。」


 自分が成長できるってことを疑わないで。強くなれるってことを信じて。彼女は今、そういっているのだ。


 その意味に、本当に彼女が師匠になった気がした。


「それも心配するな。でもお互い真剣なんだけど、大丈夫か?」


「大丈夫。私は峰打ちにするから。」


 俺の心配をそう受け流す彼女の言葉にクッと、悔しさよりは納得をしながら笑ってしまった。


 迷宮で見た彼女の動き、それは文字通り人間のものではなかった。スキルを使わない以上勝利どころか傷をつけるのも難しいはずだ。


 彼女の目を見ながら少し早くなった鼓動を感じた。


「……」


「……」


 ギスギスする空気の中で、耳が普段の何倍以上に敏感になる。湖で魚が飛びあがる音が余計に大きく聞こえる。


 月夜は動かなかった。俺も彼女の動きを待つだけ動かなかった。


 いや、どう動けばいいかわからなかった。


 今まで戦ってきた悪魔たちは全部俺より大きかったり何らかの理由で動きが遅かった。どっちでもない彼女の動きをとらえるイメージが全く捕まらない。


「臆病すぎる。」


「!?!?」


「恐れとは危険に備えるための大事な感情。でも戦うときにそれが過ぎると絶対勝てない。」


「…… どうすればいい?」


「堂々にいて。人間は想像の動物だよ。相手が私を攻撃しようと、殴ろうと、殺そうとしているって想像させたら八割は逃げる。怖いから。」


 要するに先手を打つのが大事って意味か?今までやってきた戦い方とは真逆でさらにどうしたらいいかわからなくなった。


 息を大きく吸い込んで全身に活力を吹き込む。彼女の言う通り覚悟を決めて俺のほうから彼女へと突撃する。


「うおおおおおおお!!!」


「違う。」


 彼女が一瞬にして懐まで入り込む。見えたけど乱れた体勢のせいで反応が遅い。


 ナイフを持ってない左手で軽く顎を押し上げた。殴られたわけじゃないからあごは痛くないけど転んだ背中が痛い。


「く……うっ!!」


「堂々にいてって言葉は何も考えるなって意味じゃない。」


 上から聞こえてくる声に頭を振る。じゃあ今度は立ち上がって盾を前にした。


 直線で入ってくる突きを防いた。


 力比べをしている間右の剣を振るうと盾をなぎ払い腰を下げることで簡単によけてしまう。


 攻撃でできたすきを再びついてくる。


 今度も見えた。見えたし体も反応した。


 ぎりぎり顎を狙ってくるこぶしをよけて剣をふるうことで追い出す。


「盾で防ぐことだけを考えないで。押したりなぎ払ったりするのもできる。剣も。素振りが大きすぎる。」


「どっちも使い方はわからなかったんじゃないのか?」


「わからない。ただ、そんな風に使ってきたら厄介そうって思っただけ。」


 何それ、戦う途中でそんなこと考えてたの?天才ってやつか?


 たった二回の和を競っただけで呼吸が乱れてしまった。いつもより体力の消耗が大きい。今度も盾を前にして彼女に切りかかった。


 ナイフで剣を受け取って懐に入ってくる。今回も狙うのは顎だ。


「うお……っ?!」


 だが痛みが響いたのは原だった。フェイクだ。顎だと見せかけて腹を蹴り飛ばした。


 吐きそうだったけど、我慢して起きる。


「…… 殴られ続けたから、耐えることに慣れてるんだね。」


「はぁ…… はぁ……」


「でも今はそれがいい。耐えきれないと強くにはなれない。」


 すぐ立ち上がったまではよかったけどダメージが残ったのか足が思うままに動かない。チッ!と舌打ちした瞬間、彼女を見失ってしまった。


 気を取り戻した時には前に転んでいた。


「今日はここまでにする?」


 優しい言葉。あまりにも優しかったので逆に頼りたくなかった。そんな俺を見ながら彼女はうなずいた。


「一瞬でも気を緩めないで。勝敗が決まるかもしれない。」


「…… 今度こそ!」


「惜しい!」


「クアアアアアッ?!?!?」


 やっと彼女をつかまったと思ったのに足の甲に衝撃が落ちる。


 スタンガンにでも打たれたみたいに立ったまま指一本動けなかった。


 そんな俺に彼女は攻撃の代わりに言った。


「人間の体はもろい。足の甲にも弱点があってそこを突けば指一本動けなくなる。」


 それから何秒も過ぎるとやっと思考が動けるようになった。


「それはお前…… 反則じゃないのか?」


「スポーツじゃない。実戦で必要なのは覚悟。」


「覚悟……?」


「できるすべてをやって相手を徹底的に踏みつぶすという覚悟。」


「…… よっし!」


 体を回復させ、何度も彼女のアドバイスを頭の中で繰り返しながら戦う。


 自分から見ても勢いはよかった。だが予想通り彼女に傷一つつけられずに殴られて転んで起きることを繰り返すだけだった。


 あまりにも圧倒的だからさすがに少しは自信がなくなる。彼女に約束した通り訓練しても強くならないとかは思わないけど、スキルを使っても彼女には届かないんじゃないのか?と思ってしまった。


 そもそも虎の姿じゃないから知ってる攻略法は通じないはずだ。いろんな意味で彼女が敵じゃなくなってよかった。


 いつの間にか頭がボーとなっていて目を覚めた。


 どうやら気を失ったのか仰向けになっていた。体のあっちこっちが動けないほどじゃないけどかなり痛い。あざができたみたいだ。


 星が見えてるからそこまで時間は経ってない。


 でもなんでだろう?見たことある革製の服に包まれたおっぱいが見える。それに頭にはぬくもりが伝わってくるしなんかいい匂いも……


「……え?」


「目覚めた?」


 胸の向こうから月夜の顔が見えた。今起きたばかりの頭をフル起動させて現状を把握する。

 そこでこれが伝説だと思ったあの有名な、膝枕ってことに気が付く。


「少しやり過ぎた。ごめん。」


「そ、それはいいんだけど、なんで膝枕?」


「啓人は頑張ったから。」


 そんな理由でもらえるものだったの?!伝説だと思ったのにしょうもないな……


 彼女が何か思いついたみたいに「あ、」といった。


「それとも啓人はおっぱいが好き?」


「…… ち、違うわい……!」


 クソ!一瞬迷ってしまった自分が恨めしい!身を起こそうとすると彼女がそんな俺の頭を元の位置に戻した。


「お、おい。」


「大丈夫。啓人は頑張ったから。」


「俺が大丈夫じゃないんだけど……」


「私が大丈夫だから大丈夫。」


 なんてエゴ的な…… せめて頭を外側に置く。すると彼女が嬉しそうに笑いながら頭を撫でてくれる。


「啓人はいい目を持っている。だからすぐ強くなれる。」


「…… 触れることすらできなかったんだ。あきらめたりしないから変なフォローしなくていいよ。」


 俺はきつい言葉でもうそよりは本当の言葉を聞くのが好きだった。だが彼女は首を振り振り振りながら真剣な声で言った。


「フォローじゃない。だって、啓人は全部見えたんでしょ?私の攻撃。」


 それは―…… まぁ……


「お前が手加減してくれたから……」


「本気のスピードでやったこともある。なのにも啓人はフェイクを入れなければ全部反応して、よけてた。」


「…………」


「信じられない?証明してあげる。」


 そういって突然頭を撫でていた手が止まる。そして、そのまま突き上げたこぶしを振り下ろし、目の前で止めた。


「見て。」


「……え?」


「こぶしが目の前まで迫ってきたのにも啓人は目をつぶったり、そらしたりしない。」


「いや…… これはただ固まっただけなんだけど……」


 彼女はまた首を振った。


「そのくらい区別できる。啓人は、啓人が思ってるよりすごい。だから自信を持ってもいいんだよ。」


「………」


 ほめられるのは慣れてないので何も答えなかった。彼女も何も言わずに再び俺の頭を撫で始める。


「………明日も、続けていいかな?」


「うん。」


 彼女の安定的な「うん。」を聞いて湖を眺める。


 正直俺の目にそんな能力があるってことは信じられなかった。だって本当なら、今までずっと殴られてきた自分がおかしいから。


 でも、俺を信じて、支えてくれる奴がいると、少しくらいは自信を持ってもいいんじゃないかと思った。それは今まで感じたことのない、自分に対する確信という奴だった。


 それが悪くないって感じながら、湖の上に飛び上がる魚を眺めた。

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