第7話 白い虎の駄々


 虎が一匹いる。


 ただの虎ではなく真っ白な毛を持っている白虎ってやつだ。東洋では四神といって西を司る靈獸れいじゅうとしてうたわれている。


 そんな白虎の体が突然光る。体のあっちこっちが伸び始めて獣の足だったものが人間の手足と変わった。やがてそれは完全に人間の少女となって生暖かい息を吐いた。


 それをボーと見つめながら言った。


「本当に人間になれるんだ。」


「別に初めて見たわけじゃないでしょ。」


「それはそうだけど、何度見ても新しくて。」


「……人間というのは。」


 つぶやいた彼女は木で適当に作ったベットに横になって俺が作ったゲーム機に電源を入れた。


 組合術で作った奴だ。1階層にいた時組合術のランクを上げるために作った。本来はストレス数値を減らすために用意されたアイテムだけど、作ってみたら本当にゲームができてびっくりした。


 忙しいしストレスが全く解消されなかった俺に比べて彼女はすっかりはまってしまった。


 だるく半分閉じられた金色の瞳が生き生きとしている。


 やってることはベッドでゴロゴロしながら干し肉をかじってるだけのゲーム好き女だけど、見た目がきれいなせいか一つの絵にもなる。


 ここに来てから一週間いつも見てた風景だけどいつも目をとられてしまう。


「最近ゲームのせいでこの姿になってる時間が増えた気がする。」


「ん?ああ…… そりゃあそうだろうな。」


「虎に合わせたゲーム機はない?」


「無茶言うな。」


 別にあの姿を維持するのが大変とかじゃないけど、少し違和感がして不便らしい。


 冷静に見れば失笑が出ちゃいそうな光景だ。伝説の白虎が人間になってやってるのが高々ゲーム機をいじってるだけだから。


 ひきこもりみたいにほぼ動かないってことも笑えるポイントだ。


 そろそろ彼女から目を放そうとするのに、思いついたみたいに言った。


「白雪。」


「なんだ?白雪って。」


「あなたが名前には名字が付くものっていったじゃん。だから白雪にすることにした。」


「じゃあフルネームが白雪月夜しらゆきつくよってことですか?」


「うん。」


 白虎って呼び続けるのは違和感がすごくて名前を付ける気はないかって訊いたら、月夜ってすぐ答えてた。


 なかなか似合うと思う。実際雪みたいに真っ白だし夜中に見た時には地上に降りてきた月みたいに見えてたから。


 そんな時にはなんで白虎が靈獸って呼ばれてるのかわかる気がした。


「ところで啓人。」


「……だから距離感がわからないって。」


 前に下の名前で呼ばれるのはデレるって説明したのにも虎はきれいさっぱり無視した。


「やっぱりあなたっておいしそうだね。」


「そんな誉め言葉はいらねえよ。」


「牛もおいしかったのに。」


「それは俺もそうだ。なんだ?またつかまって来いって脅し?」


「違う。ごはんまだ?」


「もう少しでできるから待ってろ。」


 高々一週間一緒にいただけなのに、もう完全に世話係みたいになっちまった。さっきみたいに話し相手になるだけではなく、ご飯も作ってあげてるしたまにはゲームも一緒にしている。


 おかげでいつかこいつを殺さなければならないという気持ちがどんどん弱まって大変だった。


「できた。ゲーム切って早く来い。」


「うん。いつもより美味しい匂いする。」


「さすが鼻が利くな。ここで出る果物でソースを作ったんだ。いつもの焼き魚より美味しいはずだよ。」


 もともと料理は嫌いじゃないしゲームでやった時にも食料がなくなった時に備えて、レシピをある程度覚えておいた。おかげで願ってもない料理スキルができてしかもレベル2になった。


 月夜が慣れてない箸を使いながらそれとなく聞く。


「背中は大丈夫?」


 大丈夫って、もしかして心配してたのか?


 いや、まさか。


「完全にじゃないけど走れるぐらいは回復したよ。大丈夫だ。」


 すると彼女は情けないというかのように首を傾けた。


「人間は治るのが遅すぎる。」


「人間じゃなくてもこれが普通だよ。むしろ一週間でここまで回復したら早いほうだ。」


「……私は一日で治るのに。」


 挑発のつもりか?生活力ゼロの畜生のくせに。そりゃあ偉大なる白虎様から見れば未開だろうな!


 食事が終わったら元の席に戻ってゲームを再開する。やがて少し楽しいBGMとともに動物の鳴き声が聞こえた。


 彼女がやってるゲームは進化する動物たちとともにあっちこっちを旅しながらバッジを集める、一種のモンスター育成RPGだ。


 始める前には「これって動物虐待じゃん。」とか「人間らしくて草」とぶつぶつ言ってたくせに今は火タイプのモンスターを育てることに余念がない。


 しかも、


「あ、やっと進化した!かわいい!」


 ってはしゃいでたのでこっちがじっと見つめると、


「………か、かわいくない。」


 と恥ずかしながら振り向いた。あいつ、確か虎のくせに虎をモチーフにしたモンスターを育てていた。


 ゲームを楽しむのは別にいいけどたまに怒って地面をたたくのはやめてほしい。びっくりするから。


 溜息を吐いて湖のところに行く。皿洗いも俺が担当しているので、できるだけ早く片付けた。


 それまで終わったらもはやくせになっちまったスキルランク画面を開き磁力スキルをタッチした。


【磁力LV5

スキルを使った鉄に磁力を賦課する。S極とN極それぞれの磁力は2つずつ賦課できる。

引っ張りあう力:純粋な魔力x1.4 押し出す力:純粋な魔力】


 よし、よし!一週間も鍛錬を続けてやっと使えるものになった。正直一日中鉄と鉄をくっつけたりはがしたりするだけだからあき始めてたところだ。


 これなら何とか実戦でも使えそうだ。


 さっき月夜に言った通り背中もほぼ大丈夫だし、そろそろ動く時が戻ってきたのかもしれない。


「啓人皿洗い終わった?」


 月夜が服の裾をグイグイ引っ張るので気が戻ってくる。170もなってないこっちを見上げながら金色の瞳が目を合わせる。


 こんなに近くで見ると本当にちっちゃいな。160もなってないはずだ。そのくせに胸は大きいなんて、けしからんといえばありはしない。


スキルランク画面を閉じると彼女も裾を放す。


「啓人これ見て。」


「ん?」


「ここどうやって行くの?」


 ゲーム機を差し出す。適当に座って画面の中を見ながらあっちこっち動かしてみる。好奇心いっぱいの視線で月夜がぴくぴく動く。


 肩に寄りかかるな。やりずらいじゃねえか。シャンプーなんていないのにも彼女からはアカシアの香りがした。


 背中に当たった柔らかいものの存在感は見える以上で…… いや意識しないようにしよ。相手は虎だ。いつか殺さなければならない相手にこんな感情を抱くのはよくない。


「ここはまだいけないみたいだよ。八番目のジムリーダーからもらえるスキルを使わなければならないみたいだけど?」


「じゃあここまでまた来なければダメ?何そのスキルって。必須なの?」


「さぁ。やったことないから俺にもわからね。」


「…………」


「俺のせいじゃねえだろ。睨むな。探すの手伝ってあげるから。」


「うん。」


 目先から力を抜ける。満足したみたいだ。こいつは感情表見が見妙なので、いつからかこうやって表情を注意深く観察するようになった。


 なんで俺がそうしなければならないのかはわからないが少しくらいはこっちの苦労もわかってほしい。周りをまわってみるとスキルに関する情報を得ることができた。


「スキル名滝登り、か。適当だな…… 残念だけど絶対得ないとダメ見たい。」


「そうなんだ…… あなたってゲーム上手だね。」


「上手っていうよりはこんなゲームはたくさんやってたんだから。」


「ゲーム、好きだったの?」


「それなりには。ジムリーダーのところまで行ってあげようか?」


「いや。ここからは私の力でやる。」


「よろしい。」


 ゲーム機を渡すと尻尾を振りながら集中する。こんな時には頭を撫でてあげたいかわいさがあって困る。

 妹って感じ?まぁ、一人っ子だからわかんないけど。


 よっこらしょっとそこから起きて月夜に言った。


「腹はもういっぱいだろ?」


 ゲーム画面から視線を放さず言った。


「さっき食べたでしょ。」


「これ以外頼みたいこともないし?」


「うん。」


「じゃあ俺はちょっと出かけてくる。」


「………え?」


 お互い一撃だけを残しておいた大事な時にうっかり横のボタンを押して負けてしまう。それなのにも彼女は気にせず珍しく驚いた顔でこっちを見上げた。


「どういう意味?」


「どういう意味も何も、迷路に行ってくるって。外の奴らに試したいことがあるんだ。」


「背中まだ治ってないでしょ。」


「走れるぐらいは回復したって言ったでしょ?問題ないよ。」


 口を固く閉じてこっちを見つめる。困惑した表情からはどんな単語も流れてこなかった。


 待ち続けるわけにはいかないので言った。


「行き掛けに肉もとってくるよ。ミノタウロスはいろんな意味で無理だろうけどウォールシャドウもおいしいからね。食べたかったんだろう?」


「…………それうそ。本当は魚食べたい。」


「なんだそりゃ。三日前からニクニく歌ってたくせに。それに俺も食べたいんだよ。」


「せっかくポーションで治療してあげたのに傷口が開いちゃダメ。」


「だからそれは問題ないってば。それにそれ、俺のポーションだったんだろう?せっかくとかいうな。」


 実はミノタウロスにぶっ飛ばされて半殺しになったその日、俺の体を直したのは彼女が俺のカバンから取り出したポーションだった。命拾いしたから不満はないけどおかげで俺にはポーションが一個も残ってない。


 幼い彼女の顔が困惑とともに薄い不快感を映していた。よく見たらほっぺも見妙に膨らんだのが怒ったようにも見える。


 なんかいろんな考えが絡まって頭の中を巡ってるみたいだけど、やはり単語としては出てこなかった。


 なのにも彼女は何とか言葉を絞り出した。


「すぐ帰ってくる?」


「ウォールシャドウはよく出るからすぐ帰ってくる、と思う。」


「すぐ帰ってきて。」


「さっきからどうしたんだよ。俺がいないと寂しいとか?」


「…………違う。」


「なら問題ないな。」


「………」


 ほっぺがもうちょっと膨らんだ。わけわかんないと思いながら頭をかいて、ゆっくり足を運ぶ。


 向かったのはもちろん今まで冒険で得た材料を入れておいた俺のカバンだった。


 インベントリー。DEVIL TAKERでほぼ唯一ともいえる、プレイヤーに与えられる特典だ。


 ほかのゲームだと当然なシステムだけど超リアルタイムにこだわるこのゲームで個数、大きさ関係なく何でも入れることができるインベントリーは間違いない特典だった。


 それだけを腰につけて思いっきり背伸びした。


 身も心も少しは緊張させていくことにする。この一週間一度たりとも出たことも、悪魔にあったこともないので油断したらポーションもない状態で大けがをする可能性だってある。


 何なら奴らの顔を思い出すのもいい。いやでも怒りという絶望が体中を緊張させてくれるから。


 扉に向かう途中、捨てられた猫みたいに膝を抱えている月夜が見えた。


 相変わらず少し不満そうに、膨らんだ表情で気が乗らないみたいに言い放つ。


「…………行ってらっしゃい。」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「そろそろ1階層は突破したころか。」


 迷路の中を歩きながら上にいる奴らの進行状態を予想してみる。


 もうすぐでこの世界に来てから一か月になる。あきらめさえしなければだれもが1階層をクリアするころだ。


 俺とは違って奴らには仲間がいる。パーティープレイもできるし怖くても見方がいるってだけで勇気を出せる。何よりも俺が渡してあげた攻略本があるから一番効率のいい育成法を選べるし、いちいちダンジョンを調べる必要もない。


 そろそろじゃなくてとっくの前に1階層をクリアしたとしてもおかしくない。


 でも断言もできない。


 天草は7階層以上の資料はないから人間を使って攻略するって言ってた。そのためには低い階層ではできる限り大勢の生徒を生かしておかなければならない。

 奴の性格を考えれば安全を第一原則に決めて生活の安定を固めた後にゆっくり進行しようとするはずだ。


「……まぁどっちでもいい。どっちでも、俺は俺がやるべきことを続けるだけだ。」


 キテキテキテと壁を搔くかのような音が聞こえてくる。腰を低くして待つとー 角から飛び出たラビリンスセンチピッドが襲ってきた。


 それをよけると後ろに隠れていたもう一匹が続いて追ってくる。


 こいつらはもともとスモールタラテクトみたいに単独ではなく複数で行動する場合が多い。ひどいときには7匹も相手したこともある。


 以前の俺ならストーンハンドを使って顎をなぎ払い今の危機を乗り越えただろう。


 だが俺は、笑いながら右腕を思いっきり奴に伸ばした。


[……?!?!]


 角皮に包まれていたムカデの頭を、右腕の巨大な剣が貫いた。


 そのまま気合とともに一歩踏み出して緑色の血が漏れ出る頭を切り裂いた。痛みに暴れてた一匹が不気味な悲鳴をあげながら倒れる。


「豆腐ってほどじゃないけどあのラビリンスセンチピッドの角皮をこうも簡単に切るなんて。性能は確かだな。」


 右腕に装着された、正確に言えば右手首の上に浮いているコルノ・デ・トロ・ヒガンテCuerno De Toro Giganteを見ながらそう言った。


 ミノタウロスの骨と角、そのほか1階層で得た鉱石を組み合わせて作ったA級の武器だ。その鋭さはこの先にいる3階層のボスにも通じるくらい凶暴だ。


 自由性が高いDEVIL TAKERなだけに職業に合わない武器でも装着することは可能だ。ただステータスの限界とスキルのせいで職業に合わない武器を持つ場合効率性が急激に落ちてしまう。


 でも俺は、そのDEVIL TAKERの自由性を利用してある程度なら十分な威力を出せる方法を考案した。


 その方法の核となるのが今まで一生懸命鍛練してきた磁力であって、手首に巻きつけておいた鉄のサポーターと剣の柄にS極とN極を賦課しその磁力で剣を握り、振るうのだ。


 簡単に言えば筋力で振るうべき剣を魔力で振るうってことだ。


「なんの下準備もなしに純粋な正面勝負でこうにも圧勝したのはこれが初めてだ。これは…… なかなか心地がいいわい!!」


 突っ込んでくるやつの攻撃をジャンプでかわす。それと同時に剣を突き立て走りながら体を真っ二つにする。


「……!!」


 安心する暇もなく、壁を走ってくる影を刹那の間とらえた。


 戦う音を聞いてきた迷宮の暗殺者。ウォールシャドウがよける隙もなく背中を狙ってきた!


「……悪いな。どうやらてめえらは本当に俺の敵じゃなくなったみたいだ。」


[シイイッ……?!?!]


 鋭い鎌の一撃を左の盾。ラビリンスシャドウでガードした。


 これも原理は同じだ。B級だからコルノ・デ・トロ・ヒガンテに比べれば劣るけど力さえ十分ならあのミノタウロスの一撃を受け取れるくらい大したものだ。


 DEVIL TAKER内で剣と盾を使うのは剣士だけが転職できるナイトという職業だ。

 バランスが最もいいキャラであって一人で戦わなければならない俺としては最もうらやましいキャラだったのでこうやって真似することにしたんだ。


 鎌みたいな手をなぎ払い逃げないようにS-CO2で拘束する。焦ってクモ糸を切ろうとするやつに笑いながらゆっくりと近づいた。


 所詮は真似だから本物のナイトに比べれば少し劣る。


 でも、マジシャンのスキルまで合わされば話は変わる。


 ナイトの攻撃力と防御力。そして土系統のマジシャンのスキルならたとえ一人だとしてもいくらでもDEVIL TAKERをクリアできる。どんな職業にも負けない、唯一無二のマジシャンになれるのだ。


「思ったより実験も早く終わったし、肉も一気に手に入れちまったな。幸い早く帰れそうだよ。月夜。」


 なぜか膨らんでいた彼女の顔が頭から離れなかったので苦笑いする。そしてウォールシャドウの首を切って帰ることにした。

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