第5話 白黒の迷路
二階に降りる門の前に立つ。その横には【始まりの牙を500個捧げよ。】と書かれた祭壇が置かれていた。
単純なクイズだ。これはつまり十二支の一つであるネズミを意味するのであってこの階層の唯一野ネズミであるラットマンの牙を500個を持ってきて祭壇に乗せろって意味だった。
この階層に始まりを意味する悪魔はそれ以外はないのでクイズ自体を解くのは簡単だ。ただ集めるのが大変なだけ。
祭壇にラットマンの牙500個を乗せると牙が一つに固まってそれが小さなカギとなって俺の手に入る。
握るところが空を見上げるネズミみたいになってる。
それで門を開けて白い光が漏れ出る中へと足を運んだ。
「ここが第2階層。白黒の迷路か。」
その名の通り見えるすべてが白黒だ。壁も地面も天井も、そして続く道でさえも。ずっと見てたら気がおかしくなりそうだ。
迷路らしくこの階層をクリアする方法はただ出口を探せばいい。だがシンプルなだけにその難易度は1階層と比べ物にならなかった。
この白黒の迷路は、ただ進むにはあまりにも規模が広い。
さっき俺が一週間かかって超えてきた始まりの坑道より3倍、いや4倍はなるはずだ。3、6、9、12階層を除外してログアウトしたその場にセーフされるDEVIL TAKERの特性のせいで、間違って足を踏み入れたら町に戻ることさえできなくなる。
「だから攻略のためには必ずこれが必要なんだような。」
同じく白黒だから見逃しやすいけど 右側の織機が描かれた壁には小さな箱が置かれていた。それを開ければ巻物一つが大事そうに入っている。
「アリアドネの地図。」
この白黒の迷路を脱出するために唯一プレイヤーに与えられるアイテムだ。ただ地図とはいえ表示されてるのは出口である赤い点と自分の位置だけで道みたいなことは全然表示されない。
この地図はプレイヤーが直接完成させるタイプのアイテムだ。プレイヤーが進めばその分道が地図に表示される。こうなれば一度ふさがったとこに再び行くことも、町に戻れなくなることもなくなるのだ。
「まあ…… 道は全部知ってるから今の俺には必要ないけどな。」
俺はこの迷宮を、完璧にクリアしてた。それはまさしく地図に表示されてない道がいないくらい完璧に。
中途半端に出口まで描かれた地図が気に入らなかった俺は隠されたアイテムがないか探すのも含めてすべての道には行ってみた。途中には地図を完成させたら特別なアイテムをくれるんじゃないかという妄想をしながら。
そして驚いたことに、それは正解だった。
残念なことに地図を完成したときのアイテムはなかったけど、出口以外にも隠された部屋に続く門は探し出したのだ。
そこにいたのは裏ボスといってとんでもない強さを持っている代わりに倒せば超レアアイテムを得ることができた。
「この階層でなすべき目的は…… そいつを倒すこと。」
階層を降りるたびに強くなる悪魔たちを相手するためにも、上にいる奴らに復讐するためにも。裏ボス…… 白虎から得られるアイテムは必要不可欠だ。それで武器を作ることさえできればどっちもクリアできる可能性が上がる。
だから出口よりもさらに深いところ、裏ボスの部屋に向かって記憶を頼りながら歩く。
その過程でラットマンとほぼ同級、またはそれ以上ともいえる強力な悪魔たちと何度も死闘を繰り返した。
例えば一日目。壁にくっついてこっそりと近づいてきたラビリンスセンチピッドという、だいたい3メートルを超えるムカデに奇襲を受けた。色が白黒だから肉眼では区別がつかないので耳を傾いて特有の壁を掻く音を聞けなかったら一撃でやられてしまったはずだ。
身を包んでる角皮がジャイアントトードの何倍も堅いのでその間の関節を狙って倒した。色々と硬い奴だから解体に時間がかかったけど有効に使える角皮と足をちゃんと回収することができた。
二日目にはグレートタラテクトと子供のスモールタラテクトの大軍に攻撃された。
警戒を疎かにしたわけじゃ決してないのに、天井の透き間に隠れていたやつらが通り過ぎる時を狙って降り注いできた。
腹立つことにも産卵してから間もないのか普通ならすぐ迷宮のあちこちに移動するスモールタラテクトがいっぱいだ。
逆にそれを利用した俺は火炎星で回りを火の海に変えた。スモールタラテクトはほぼ燃えてしまったけどグレートタラテクトからは蜘蛛の糸を得て新しい武器を作ることができた。
そしてそれは三日目に壁から飛び出たウォールシャドウにすぐ使うことになった。迷路の壁から飛び出て後ろを狙う奴は不意打ちに失敗したらすぐ壁に隠れてしまう。
だから手首から発射する蜘蛛糸の銃、S-CO2で奴をつかまって倒した。この悪魔は巨大な詰めに体のあちこちに赤い目が付いているからカマキリとクモを混ぜておいたような外見を持っている。肌も緑色だしめちゃくちゃまずそうだけど意外とその中の肉がジャイアントトードと比肩するほどおいしくて悔しい。
それから四日目に寝る途中攻撃を受けて悪夢から目を覚ましたり五日目に出口についたが裏ボスを探すため無視したり六日目に水が足りなくなってウォールシャドウの血でのどを潤したりもした。
苦労という苦労は全部経験して俺は七日目にやっと隠れ部屋のすぐ前までつくことができた。
「…… それなのに最後にこれかよ。くそ。」
裏ボスの部屋に入るため必ず通らないといけない道の前に巨大な雄牛。ミノタウロスがラビリンスセンチピッドを食べていた。
一階層の最強がラットマンなら二階層の最強は間違いなくあいつだ。
階層内に全部で100匹しかないとはいえあちこち自由に徘徊する奴と1週間も会わなかったのはある意味幸運だった。できればその運が最後まで続くことを望んだけどどうやらそこまで都合欲には行けないみたいだ。
今の俺ならあいつと戦って勝つ自信はあった。ただ今までの奴らとは格が違ってこっちも大けがを覚悟せざるを得なかった。体を回復させるHPポーションは残り一つだけ…… これを使うのは裏ボスと戦った後じゃなければならない。
「突破するためには少し準備が必要そうだな。大丈夫だ、予想できなかった状況ではないから。」
2階層に入る前から計画を立てておいた俺はシミュレーション通り準備を整えた。いつもなら準備する間何かに襲われたはずなのに、ミノタウロスが前にいるせいか影も見えなかった。
最後にラットマンの巣から得た炭を布で包んで鼻と口を隠しラビリンスセンチピッドをカニのように食い尽くしたミノタウロスに叫んだ。
「おいこのブサイク牛野郎!」
[……!!!]
「そんなまずい奴よりは俺のほうがどうだ!」
言葉の意味が伝わったはずもないのに、興奮したミノタウロスが[ブオオオオオ!!!!]とこっちに向かって突進してくる。角を曲がってアースで作っておいた壁を越えると追手である奴はあまりにも簡単に壁を壊して中に入ってきた。
「ビクくらいはすると思ったのにそれすらなしかよ。」
とんでもない勢いとプレッシャーに軽くあきれる。
でもひるんだりはしない。こんな奴にひるんだら、この上にいる奴らとも向き合えなくなる。俺は前を向かわなければダメだ。全力で頑張って頑張って頑張って、必ず上に登らなければならないのだ。
止まらないミノタウロスにストーンハンドを使った。どうせ奴にこんな攻撃が通じないのはわかってる。だから、狙うのは足だ。正面ではなく壁から攻撃が飛んでくるとは予想もできなかったのか巨躯に似合う大きな音とともにミノタウロスが地面を転ぶ。
どうにかくそ雄牛の動きが止まった。ドクンドクン高い音を出している心臓の音を無視して隣に用意しておいた糸を引っ張る。
刹那、天井に設置しておいた鋭い岩のやりたちがうつぶせになったミノタウロスの上に降り注ぐ。
ミノタウロスが痛そうにわめきたてる。
そのすきを逃がさずS-CO2を発射して壊れた岩とミノタウロスの体を蜘蛛糸で縛った。
少しくらいは起きることを邪魔せるんじゃないかと期待しながら。
だがそんな俺の必死をバカにするかのように奴は普通に膝をつかんで起きるだけだった。
「………ひひ。」
それを見た俺は冷や汗を流しながら、笑った。
全部予想通りだ。簡単に壁を壊したのも岩のやりが傷一つつけないのもS-CO2が奴の足止めにならないってことも、奴に何のダメージもならないってことぐらいわかってた。
奴の強さは文字通りバケモンじみただから。
ならどうしてそんなことを?
単純だ。
「勝利のために、決まってんだろう!!!!」
天井の罠の引きがねとは反対側にあるやつ。ラビリンスセンチピッドの足とグレートタラテクトの蜘蛛糸で作った、バリスタの安全装置を外した。組合スキルで作ったわけでもないし胴体もアースで作ったから雑だけど威力は確かだ。
そのまま飛んで行った槍が、起きた直後だからよけきれなかった怪物に当たり、肌を引き裂いて肩に刺さる。衝撃に後ろへと下がった奴が肩をつかんでわめき声をあげた。傷を負うとは思わなかったはずだ。
そのすきを逃がすつもりはない。もう一度バリスタに槍を入れて発射する。ちなみにこの槍はバリスタとは違ってラビリンスセンチピッドの角皮とレベル5の組み合わせで作った紛れもない上等品だ。
[ブオオオオオ!!!!]
今度は胸に刺さった槍のせいで悲鳴を上げた。さすがに貫くことまではできなかったけどあのミノタウロスにダメージを上げたってことに快感まで感じた。しかも衝撃に尻もちまでつかせた。
「ダウンされたのももしかして初めてか?いろいろと奪ってしまって悪いなおい!」
思ってた以上の結果に威勢が上がる。本当は最初の一発みたいに数歩後ろへ下がらせるつもりだったのに尻もちって十分以上の結果だった。
ので一瞬だけど倒せるんじゃないのか?ともうそうまでした。
もう一発、まだ起きてないミノタウロスに発射した。
[ブフ!]
すると歯を食いしばった奴が頭に飛んできた槍を紙一重でつかんだ。そして怒りを込めて力いっぱい槍を俺の方へと投げ飛ばした。狙いがよくなくてずっと後ろに飛んで行っちゃったけどとんでもない速さに反応もできなかった。
そして胸と肩に刺さった槍を抜いて起きる。ただでさえ不細工なのに怒りでいっぱいになった顔にしわが倍となる。
「そうだよな?そう何でもかんでもうまく流れるはずないもんな?ひひひ……」
そんなことを言いながらミノタウロスをまっすぐ凝視した。奴も俺をまっすぐにらみながら動き始めた。恐怖は一切ない。だが明らかに自分にダメージをくれたバリスタを警戒しながら突撃してきてくる。
残念だけど雑なだけにバリスタはもう使えそうにない状態だった。槍もさっきのが最後なので弾丸もない。それはつまり、ここからは最後にかけるしかないってことだ。
「く……っ!」
右から狙ってくる大きなこぶしを頭を抱えたままぎりぎりによける。代わりに攻撃線上に置かれていたバリスタが壊れて壁に叩きつけられる。それを気にせず全速力で前に向かって走った。
それはミノタウロスも同じだ。壊れたバリスタなんか気にもせず走る俺に集中しながら突進してくる。
奴と俺の間にはどうしても埋められない速度の差というものが存在する。このまま逃げてもすぐ追いつかれて蹂躙されてしまうだろ。
誰かが今の光景を見たらきっとそう思うと思いながら、俺は口先を引き裂いた。
[ブウ?!]
走る途中に置いておいた火炎星をミノタウロスが踏んだ。そして火が足元から広がりー 周りにいっぱい充満した毒ガスに引火し、爆発する。
ミノタウロスを挑発する前からポイズンブームを設置して毒ガスを集めていた。奴にはポイズリザードの毒もグレートタラテクトの毒も通じないってことをわかっていたからそれを爆発として活用することにしたのだ。
炭を入れた布で顔を包んだのは伊達でやったわけじゃない。奴には利かないけど俺には利く毒を防ぐためだった。それからは毒が充満するまで時間を稼ぐだけ。すべてが予定通りに流れて、ついに成功した。
爆風に巻き込まれた俺は顔を上げた。そこには黒焦げになったミノタウロスがぶるぶる震えながら立っているのが見えた。
やっぱり殺すことはできない。そもそも殺す覚悟で立てた計画じゃなかったけど、これだけの道具を使って、これだけの戦術を使ったのにも殺すことはできなかった。
最初の考えに変わりはない。今から殺す覚悟で戦っても大けがは避けられないだろう。
だが今ほどのダメージをくれたのなら逃げる俺を追いかけてくることはできないはずだ。いくら少なくても回復に10分はかかるはず。
[ブ、ヒ、ルルル……]
ミノタウロスが低いうめき声をあげたかと思ったらその場に倒れる。その目には今にも冷たい殺気が込まれて俺をにらみつけていた。
それにこたえる義務はないので俺はゆっくりと立ち上がった。そしてもう一度裏ボスの部屋に向かって走り始める。
「くう……っ!くうっそう……」
左のわきを抱きかかえた。バリスタが壊れた時にか、それとも爆発が起きた時にか岩の破片がわきにぶつかったみたいだ。
ステータスを開いてみるとHPはそこまで落ちちゃないけどかなり痛い。うじうじする感じがして眉をひそめる。
「大丈夫……」
そうだ。俺はまだ大丈夫だ。この程度でひれ伏すわけにはいかない。これくらい、あいつらに苦しめられた時を考えればなんてこともない。
だから大丈夫だ。
ちゃんと頑張って努力して結果出して……!とにかく前向きにならないとダメなんだ!
「はぁ…… はぁ…… ついた……」
目の前に巨大な扉が現れる。大きさだけ見れば巨人でも出入りしてるようなでかさだ。
青と緑のポーションを飲んでMPとスタミナを回復させ冷たい扉に手を伸ばす。この中に入れば神仙が住んでるような小さな湖を中心にした丸い森が出てくる。そしてその湖に顔を映せば『力が欲しいか?ならば力を証明せよ。』というお決まりのセリフとともにすぐ白虎との戦闘が始まる。
問題ない。攻略法もパターンも全部知ってるから。
軽く深呼吸した俺は気合を入れて扉を開けた。
知ってる通り扉の向こうから見えた風景は小さな森だった。ほぼ一か月ぶりに見る緑色の木と草、新鮮な風が気持ちよく迎えてくれる。そして森の中央には透明ともいえるきれいな湖が光を反射して光沢を吹き出していた。
なのにその前に、記憶に存在しない何かが立っていた。
それには…… 腕が付いていた。
足がいた。
頭がいた。
優しくて細い体のラインは俺のとは違う。
俺の頭の認識回路が間違ってないのなら、あれは、間違いなく人間の女だった。
なんだ?と疑問符が脳から口へと運ばれようとするのに、彼女がゆっくり振り向いて目が合う。
スペクトルみたいに繰り返される、伸ばせば結構豊かになれそうな黒と白の断髪が目に入る。
細やかに磨かれた蒼白な顔には、黄金のように深く輝く瞳が刻まれている。
白い毛が付いた黒の皮服はかなりこわばっているけどおかげで女性の優しい曲線をそのまま描き出している。
耳。耳が特に視線を引いた。ピコピコ髪の間から出ている真っ白な二つの耳が飾ではないってことを証明するかのようにピコついている。
よく見ればスカートを突き抜いてきた尻尾も自然に揺れていた。
つい言ってしまう。
「きれい。」
すると彼女が目を瞬き、口を開いて答えた。
「ありがとう。」
「………?!?」
ちょっと柔らかい、その一方で草の葉の先の露みたいに清明で鮮明さが込まれた声だ。
そんな彼女がすすすと俺の後ろへと目を動かした。
「後ろ。気を付けたほうがいいよ。」
「……え?」
彼女の警告にゆっくりと振り向くと― トラックのような巨大なこぶしが俺の体をぶっ飛ばした。
ジェットコースターにでも乗ったかのように体が浮いたと思った瞬間、あっという間に地面にたたきつけられる。前から殴られたと思うのに痛いのは背中と肩だった。
体が動かないので目だけを上げると黒こげのミノタウロスが[ブオオオ!!]と声を上げていた。
もう回復が終わったはずもないし、意地で追ってきたというのか?バケモンめが…… 早く起きないと……
だが体は相変わらず動かなかった。重い。糸がちぎれた人形になった気分だ。
しかも少しずつ、意識が遠くなり始める。
ああ…… ダメなのに。まだ、まだ、俺はまだ何も…… やり遂げてないのに……
曇る意識の向こうで見えたのは、奇遇なことにもさっき見た少女の顔だった。これが一生の最後に見る人の顔だと思うと情けないことにも悪くない気がした。
そしてついに、気を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます