第4話 成長


「よし…… これで久々にちゃんとした肉が食べられるな。きひ…… ひひひ……」


 そんな独り言をつぶやきながら俺は直接作った穴を見下ろした。その中には泥の中に体が半分以上埋まったカエル、ジャイアントトードが必死にもがいていた。


 この罠は地面の形を変えるアースという土属性のスキルと水を混ぜれば粘度が高い泥に変わるマディーという鉱石の合作品だった。

 おかげでスキルレベルが低くてそう深くまで作れなかった穴だったのにもジャイアントトードは抜け出ることができなかった。


「これも記念といえば記念か?同じレベルのポイズンリザードは何度も倒したけど奴らの体は毒そのものなんだからな、くそどもが。だから窒息なんて苦しい死に方はさせないから安心してくれよな?」


 ニィ笑ってジャイアントトードに爆弾を投げた。これもここの鉱石とミニゴーレムの核を使って作った自作品だ。

 爆発力がよくないから殺傷力も低いんだけど、これも爆弾という危ない名前が付いただけにゼロ距離から食らったら人の頭ぐらいはいくらでもぶっ飛ばせることができた。


[ゲエエエエ!]


 爆弾は正確にジャイアントトードの頭に落ちて爆発した。だが泥を多少吹き飛ばして顔を出させただけ、ダメージは与えられなかった。


「まぁ知ってたけどな~」


 ジャイアントトードの肌はとても分厚い。だから斬撃も打撃も、スキルですら利かない。それも知らずにただバカみたいに攻撃だけを繰り返した時の俺は何度もこいつに挑戦して死を迎えたんだ。


 今度は爆弾にグレシガードの心臓を結んで上へと投げた。それに合わせてジャイアントトードの目が爆弾を付いていく。正確に言えば、グレシガードの心臓の匂いを嗅ぐったのだ。

 口を開けて伸ばしたジャイアントトードの舌が爆弾をとる。そのまま爆弾は口の中に吸い込まれた。


 バーン!


 音とともにジャイアントトードの体が一瞬膨らむ。


「結局カエルなんだよなお前らは。あれが危ないって知能よりも本能のほうが大事、だよな?」


 もう一度グレシガードの心臓を結んだ爆弾を上へと投げた。ジャイアントトードの主食は虫。つまりこの階層に存在する虫型の悪魔は全部奴の獲物だ。

 ビクンと迷ったりはしたけど結局さっきみたいに舌を伸ばして爆弾を口の中に運んだ。

 バン!と煙を吐くカエル。必死にあがいていた体が完全に行動を止めて死を迎える。


「肉…… 肉!!ストーンハンド!!!」


 よだれをたらしながら叫ぶと、穴の地面から岩の手が浮き上がってジャイアントトードを吹き飛ばした。地面に落ちた屍に近づいて口の中から肌や内臓、肉を解体する。

 解体が終わったら戦利品とともに壁に小さく作っておいた隠れ家に隠れて肉を食べる。


「……美味しい!」


 単純な言葉だけどこれほど今の感情にぴったりな言葉はいない。

 歯ごたえも相当柔らかいし油もすごい。味もさっぱりしててカエルではなく鶏を食べてるって感じだ。丸一週間虫で腹を満たしてきた俺にとってまさしく久々の食事という行為だった。


「こんな満足できる食事をするのがいつぶりだっけ…… これなら久しぶりにぐっすり眠るのだってできそうだ。スキルランクオン。」


『如月啓人 レベル4 属性:土

アクティブ•スキル

【アースLV2】【ストーンハンドLV1】【ストーンクラッシュLV2】【組合術LV3】【磁力LV1】

パッシブ•スキル

【発掘LV2】【毒免疫LV1】【植物採集LV1】【解体LV2】【索敵LV1】【潜伏LV1】』


 土草実つちくさみから得られる水を飲んでそう叫ぶと、ステータスとは違う、自分が所有してるスキルを表示してくれる画面が現れた。


 DEVIL TAKERはスキルを得る方法もランクを上げる方法も少し複雑だ。まずスキルを得る方法はただレベルを上げればできるんじゃなくてそのスキルを得るための条件をクリアしなければならない。例えばアースクエイクという地震を起こすスキルを得るためには【アースLV40】【グラウンドデスLV 35】【インパクトLV 40】そして本人のレベルが40にならなければならない。


 スキルのランクを上げるものただレベルを上げてスキルポイントを使うのではなく、そのスキルを使ってスキル自体の経験値を上げなければならない。要するにスキルランクはそのスキルの威力と活用度を示すものだ。


「やっとアースはレベル2組合術はレベル3になったな。ジャイアントトードも殺しておいたし、これで必要な準備は整った…… う……っ?!」


 突然感じたわずかな気配にアースを使って壁の透き間を埋める。小さな穴を通じて外の状況を確認した。


「やっぱり、解体したときの血と肉の匂いを嗅ぐって来たな。もう完全に奴らの縄張りだから当然といえば当然か。」


 現れたのは二足歩行をするでっかいネズミ。ラットマンの群れだった。数も多いし武器まで直接作れる技術を持っている奴らは正真正銘この階層の支配者だ。


「まぁ、なんだろうが俺の手に全部死んだし、全部死ぬけどな。」


 奴らは鼻を鳴らしたり周りを探したりしたけど俺を見つけるのはできなかった。結局ジャイアントトードの残りだけを持ってその場から去っていく。それを確認した俺は闇の中でこっそり笑いながら明日のための準備を終わらせて眠りについた。


「!!!!!……クソ。今日も悪夢かよ腹立つな……」


 美味しいものを食べて寝ればいい夢を見れると思ったのに…… 一週間も続く悪夢のリレーは止まらなかった。溜息を吐いてステータスを開きスタミナを確認してみた。


「98/101?眠不足で死にそうなのにスタミナはいつもほぼ満腹…… ふざけてるよマジで……」


 ぶつぶつ不満を言いながら外に出る。


 今日は4日前から準備してた目的。2階に行くための作戦を実行する日だった。


 DEVIL TAKERは各階層ごとつぎの階層に行くためのクエストが用意されている。その中でも1階層のクエストはラットマンの牙500個という、実に古い集めクエストだった。


 のんびり集めば時間も2週間以上かかるし回復ポーションもたくさん必要となるので町に帰れない俺としては到底出来ないことだった。


だから一気に片付けるつもりだ。


 奴らは五つに分かれて村みたいなものを形成して暮らしている。それの中の一つを丸ごと吹っ飛ばせば500個なんて一度の戦闘で得られる。


「みんなぐっすり寝てるみたいだな。夜行性の奴らにとっては今が夜中だから。」


 俺が選んだのは坑道の果ての一つで生息してる奴らだった。ネズミらしいというかでっかい壁にいくつもの穴を掘ってその中で暮らしている。鼻がいい奴らだから警戒のために3日前に殺したラットマンの皮をかぶって近づく。


「じゃあみんな。今回の朝はこの俺が忘れられないパーティを開いてあげるから。存分に楽しんでくれ。」


 全部で27個。羅列が終わったらスタッフを持って地面を叩く。


「ストーンハンド。」


 地面から突き上がった岩の手が置いておいた紫のボールー ポイズンブームを穴に向けて飛ばした。

 野球ボールのように飛んで行った爆弾が誤差なく狙った穴に入る。


 

「ストーンハンド。ストーンハンド!ストーンハンド!!」


 順番につき上がった岩の手は順番に残った穴にポイズンブームをぶち込んだ。

 さすがに目を覚ましたラットマンたちが[チヂ……!]と騒ぐ音が聞こえてきたけど、遅い。


「アース!」


 壁の表面が動いて入口であり出口である穴をすべて塞いた。それと同時にポイズンブームが爆発する音が聞こえた。


[チヂヂ?!?!?]


 あちこちの穴からラットマンの悲鳴が響く。


 ポイズンリザードの喉びこを組み合わせて作ったポイズンブームは爆発とともに猛毒ガスを噴き出す、いわば化学兵器だ。穴は多いけどすべての穴が一つの通路につながっている奴らにとって逃げられる道はいない。


 必死にふさがった壁をたたく音を聞きながら笑う。


「ゲームで使ったときにも思ったけど、本当に活用性が溢れるスキルだ。組合術ってスキルは。」


 組合術は文字通り違う何かを組み合わせて新しい何かを作り出すスキルだ。会得する方法は何でもいいから商店で買った組み合わせのレシピを使ってものを作り出すことで、町を出る前にHP二つMP、スタミナポーション一つずつとともにつるはしレシピを購入して得た。

 おかげでいろんな道具を作って一人で生き残るのが可能だったのだ。


 でもチートと呼べるスキルかと問うのなら、俺は断じてNOと答える。材料だけ用意すればいい組み合わせのレシピとは違ってMP消耗も激しいしスキルレベルによって作れるものも限定されている。何よりもスキル自体に作ろうとする者のレシピを表示してくれる機能がない。

 これはつまり、作ろうとする物のレシピを完璧に覚えててさらに金となる材料たちをレベルを上げるために使わなければ使えないスキルってことだ。


「自分から見ても変態すぎだったんだよね俺。でも人間、なんでも死ぬほど没頭してみるもんだ。まさか現実で役に立つ日が来るとは…… ん?」


 ふさがれた一つの穴から、ひびが入り始める。


 武器を持ってる奴らだ。特に力持ちの奴が斧やハンマーでたたけば何とか壊せるはずだ。実際最初の奴をはじめに他の穴からも一つ二つひびが入り始める。

 このままだとせっかく閉じ込めておいた奴らが飛び出てしまう。


 あくまでも俺が遊んでいるならの話だけど。


「アース。」


 壊れそうなところを再びアースでふさぐ。それに絶望したかのようにラットマンたちの悲鳴がさらに大きくなった。

 実に単純な話だ。壊れそうなら直せばいい。こう見えても昔から壊れたものを直すのは特技だった。


 ただしアースはMP消耗が組合術ほど激しい。そう何度もふさぐことは不可能なので根競べともいえる。少し必死になってつぎからつぎへとひびが入って壊れそうな穴をふさぐ。


「……ク……ソ。」


 壁を壊そうとする音が次々と消えていった。だがさすがだ。最後に残った一つの穴だけはふさぎきれず、壁を壊した奴らが外に飛び出た。


 一番最初に落ちたやつらが下敷きなってつぶされる。


 仲間の犠牲で生き残った奴らが俺を見つけて武器を持ち、巣を襲われたことに対する怒りをむき出す。


「へへ…… へへへへへへ…… 俺が、憎いか……?そりゃそうだろうなぁ…… わけわかんない奴に居場所を奪われて仲間を殺されたんだから…… でもなぁ……」


 疲れで着いた膝を、スタッフと、過去の記憶を支えにして立ち上がる。そして、


「今まであいつらに苦しめられてきた俺の憎しみは…… てめえら以上だああああああ!!!!」


 咆哮しながらやつらに向かって疾走した。やつらもそんな俺の咆哮を相殺するかのように[チキャア!!]と叫びながら駆けつける。


 何度も言うけど奴らはこの階層の支配者だ。群れを作るだけに集団戦術が特技だけど個人の強さも半端じゃない。1対1で戦っても今の俺では勝利を断言することはできない。


 でも、今なら話は別だ。


「ストーンクラッシュ!!」


 スタッフの先にストーンクラッシュをつけたまま先攻の頭を殴りつける。するとあまりにも簡単に、ラットマンは倒れて動けなくなった。


 もともとラットマンの防御力はジャイアントトードに比べればずっと低い。そのうえ猛毒のポイズンブームに犯され、麻痺毒のフェアリーモスの鱗粉のせいで身もままに動けないはずだ。


 奴らが機能持って行ったジャイアントトード。その腹の中にフェアリーモスの鱗粉をありったけぶち込んでおいた。


 五つの領域に分かれたラットマンたちは決してお互いの縄張りを襲わないので今戦っている奴らの領域に残しておけば絶対こいつらが食べると予想したのだ。


「うおおおおおお!!!!」


 四匹目を倒してからは戦いではなく虐殺になっていた。


 五匹目が振るう武器はあまりにものろまなので透きができ、目を刺して脳まで貫通する。


 六匹目が麻痺されたのかそのまま立ち止まったので顎を打ち砕いた。


 七匹目は泡を吹いて倒れて八匹目、九匹目も同じ手続きをふんで死んだ。


 十匹目の奴は最初の奴と同じ方法で倒すとひるんだのか残っていた4匹がひょろひょろと逃げ出す。


「逃げてんじゃねえよ!アース!!!」


 地面を操って奴らの退路を断ち切る。なのにも逃げようとするやつらの頭を殴り、壊し、踏みつぶしながら決して許さなかった。追い詰められた最後の一匹が俺の肩をかんだけど、負けずに喉元を食いちぎって息の根を止めてあげた。


 やがて血の匂いが蔓延したそこに立っているのは俺一人になった。


「はあ…… はあ…… はあ……」


 思ってた以上にあっけなく終わったけど俺が全力を尽くしたってことに変わりはない。


 荒い息を吐き出しながらそのままあおむけになってステータスの画面を開く。


『如月啓人17歳 レベル9 職業:マジシャン

HP:157/170

MP:40/325

スタミナ:21/137

筋力:46

魔力:108

防御力:33

魔法防御力:火25 氷22 土31 風20 光10 闇11

敏捷:66

精神力:91

NEXT:198/202』


「ラットマンを500匹以上倒したのにもレベル10までは届かないのかよ…… さすがDEVIL TAKERっていうべきか……?それとも…… 中に生き残った奴らがいるとか?」


 どっちにしろ中には牙の回収のために入らなければならない。アースでふさいでおいた穴をすべて開けて毒ガスを抜き、その間外に出ている奴らの死体から牙や使える材料を解体する。


 それが終わったらポイズンブームの解毒剤を食べて中に入る。


 9%の確率でポイズンリザードの脳に根を張る冬虫夏草で作ったんだけど30分しか効果がないので急がなければならない。


「やらなければならないからやるけど、本当に嫌なんだよな……」


 俺は奴らが持っていたナイフで、泡を吹きながら倒れているラットマンの首をちぎった。


 だいたい動かなかったけど予想通り息があるやつらもいたので動けないように頭を押したままとどめを刺す。


 その行為は、とても淡々としていた。


 死んでるだろうが死んでないだろうがラットマンの首を一匹ずつちぎる。漏れ出る血の量が足りないと思ったらもう一度ちぎってつぎへ。


 最初の時は血が怖くて大変だった行為も、今になっては単純な作業の繰り返しになっていた。


「………はぁ。」


 汗が流れる額を拭く。血と油と毛だらけになったナイフは鋭さが鈍くなったので新しいナイフを探さなければならなかった。


 いつの間にか心の中には、得体のしれない、機械のような無機質な冷たさだけが残る。

 

 どうしてこんなことをしてるんだ?と疑問がするとやらなきゃいけない仕事だからという返事が返ってきた。


「……… あ、く、くそ。」


 今度は涙が出てきて手で拭いた。


 毎日体を酷使させて精神を搾り取る。自分がやってる仕事に楽しさも意味も感じずにただ手に残る目的のためだけにそんな毎日を繰り返すのだ。


 まるで大人のような日常。職場から帰るサラリーマンたちがどうしてみんなそんな顔をしてたのか、少しはわかる気がした。


「大丈夫…… 大丈夫だから。」


 俺は俺にそう言った。


「ちゃんと進んでる。間違ってない。俺は…… あいつらに復讐しなければならないから…… 必ず復讐するから…… だから…… 大丈夫だ……」


 呪いでもかけるかのように、自分を説得するかのように、俺はそうつぶやいながら一人で牙を回収することを続けていった。


 目的である、500個を達成するまで。

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