第3話 理不尽
ダンジョンの入り口は町の中央道路の先に位置していた。
カヅは下調べについてくるか自分で決めろって言ったけど、自分の目で確かめたいので商店により必要なアイテムを購買してから入口に向かう。
時間の流れはやはり地球と同じなのか七月の夏って感じ。熱い熱と湿気が体を包み込んで不快指数が上がる。
基本的に外には出ない人生を送っていたからこんな天気の外はまさしく拷問だった。
ダンジョンに入る前から疲れるんじゃないかと心配すると、入り口の前に立ってる人たちが見えた。
カヅと新月、煙…… そして天草。
どいつもこいつもよくない意味で俺の人生で忘れられない奴らだった。みんなそれなりの武将をしたけど、武将というよりはコスプレをやったって感じがして妙に腹立つ。
俺を見つけたカヅが笑いながら迎えてくれる。
「おはよう如月。服装から見るとお前も一緒に行く気のようだな。これは頼もしいぜ。」
「まあねぇ……」
こんな奴らと協力するのは今でも本意ではない。でも…… みんなと一緒に帰るためには仕方のないことだ。
「資料は持ってきたか?」と問う彼に昨日の夜3時間もかかって書いた攻略本を渡した。
もちろんこいつらを信用したりはしないのですべての階層の攻略本を書いてはいない。
うっかりして書かなかったところもあるし、これくらいなら奴らに協力しながら俺だけが情報を独占していることもできる。
カヅから攻略本を渡された天草が内容を軽く確認しながら言った。
「うーん…… 大半は煙君が渡してくれたのと同じだけど、細かしいところが違うね。これは役に立ちそうだよ。ありがとう如月君。」
「き、気にしないで……」
にっこり笑う彼に簡潔に答えて顔をそらした。
――目を合わせるのが、気まずい。ちゃんと反省して誤ったカヅとは違っていつもと変わらないこいつからは反省の心が少しも感じられなかった。いやー もしかしたら自分が過ちを犯したという自覚自体がないのかもしれない。
「出発は予定通り12時ぴったりにするからね。僕は如月君がくれた攻略本を確認するから、それまでみんな適当に休んでね。」
こんな暑いところでどうやって休めってんだ…… そんな言葉がのどを上ってきたけど口にはしない。
みんなも同じことを思ったのか新月をはじめに一人ずつ洞窟の陰に隠れて太陽から体を隠した。少しマシだ。
洞窟の中を見てみた。
光がないのにも降りていける道は結構はっきりと見えていた。それはおそらく蛍光石という鉱石があっちこっちにめり込んでいるからだろう。
第1階層は広い洞窟だ。坑道をコンセプトにしているあの階層にはいろんな悪魔とともに地球では見れない鉱石が隠されている。
ばかげたクリア難易度のDEVIL TAKERらしく1階から普通じゃないけど、ほかの階層に比べればずっとゲームらしいって言えるレベルだった。
ただ単純にモンスターを倒してレベルを上げればクリアできるからな。
ほかにも注意するところや悪魔に関することを再び考えていると、全部読み終わったのか天草がパン!と手をたたいた。
「全部読んだよ。暑いのに待たせてしまったね。じゃあそろそろ始めるとするか。」
みんなが身を起こしたので俺も立ち上がる。
武器から見たところカヅは格闘家、新月は剣士、煙はマジシャン、天草はガンマンだ。
俺まで含めばバランスは悪くない。深くまで入らなければみんな無事に戻れるはずだ。
軽く深呼吸して中へと足を運んだ。現実でのDEVIL TAKERが今始まると、そう思った。
「まったく…… 君には心の奥底から感謝するよ。如月君。」
「……え?」
振り向くと、そういった天草の横には残りの奴らが並んでいた。それはまるで、俺が逃げないように囲んでいるかのようだった。
「非常に残念なことだけど、ダンジョンに降りていくのは君だけだ。」
「……?!?」
まるで言葉で心臓を握られた気分だった。熱かったからだから一気に熱が消える。
「ど、どういうこと……?俺一人で降りていくって?」
聞き返す言葉に、カヅは笑い出した。今まで無理やり我慢したかのように腹まで抱えて爆笑する。
それはさっきまでとは違う、昨日の夜とは違う、いつもの下品なあざ笑いだった。
そのあざ笑いが消えない顔で奴は言った。
「何聞き取れなかったふりしてんだ。資料ももらったし用事も済んだから降りて行って死ねってんだよクソナード。」
「な、なんだと?!」
「ねえ如月君。君はこの世界で最も危険なのが何だと思う?」
どうしてだ?!と聞き返す前に天草が言った。
「何がいるかわからないダンジョン?絶対的な力を持ってる自称神?食料や水を買うための金?-それは違うよ。正解はね、」
トントンと自分の胸をたたいた。
「僕たち人間だよ。」
「……?!」
「どの世界であれ最も危険なのは人間という存在だ。そんな奴らが法律も安全も警察という最小限の体系もないところに155人も閉じ込められた。これが何を意味するか分かる?みんなの中心になる人物がいないとダンジョンどころか仲間割れが起きて生存率が落ちるって意味だよ。」
意味が分からない。それがどうして自分を追放する理由になるのか全然意味が分からない。そんな俺の心を見抜いたみたいに彼は続けていった。
「中心になる人物はもちろん僕だよ。ちょっと自意識過剰かもしれないけどここで最も効率よく指示を出せるのが僕だから。でも君は中心になる僕にとって邪魔なんだ。」
「どうして……」
「中心の僕意外にこの世界の攻略法を知ってる君がいれば、反乱の火種になるかもしれないからだ。」
「……!!」
天草が肩をそびやかした。
「六階層までとはいえ攻略法を知ってる人物が僕と煙君と君。大事な情報ってのはできる限り誰も知らないのが安全だというのに多すぎでしょう?だから減らすんだ。本当は僕一人で知ってるのが一番安全だけど僕はあくまでも君たちに受けた情報を活用するだけだからね。書かれてる攻略法だけじゃなく流動的に問える人を残しておかないと。」
「じ、じゃあどうして俺なんだ……!煙じゃなくて、俺を残しておいてもよかったじゃねえか……!」
どれだけみっともないことを言ってるのかは、わかってる。でも今はそう叫ぶしかなかった。
「そんなに怒らないでよ~ 別にそこら辺のブラック企業みたいにわけわかんない理由で君を追放するわけじゃないんだから。」
「じゃあどうして……」
「カヅちゃんに昨日の話を聞いたよ。どうやらカヅちゃんにー いや、僕たちに不満が多いみたいじゃない。」
「……!!!!!!」
息が詰まる。どうして思いつかなかったのだろう。どうして気が付かなかったのだろう。カヅの奴が、昨日の対話を天草に伝えるってことを。
「そんな反抗心が深い奴ほど反乱の火種になる可能性は高い。だから君は必ず消えてもらわなければならないんだ。」
「ちょっと…… ちょっと待ってよ……!実は俺、6階層以上の攻略法も知ってるんだ……!煙の奴よりもずっと知ってるはずだ……!」
「おっ!やっぱり馬鹿じゃあるまいし全部書いたわけじゃなかったんだな~ それは残念。でも大丈夫だよ?」
口の先を曲げた彼は、まるで悪魔のごとく笑みを浮かべた。
「6階層まで行ったころにはみんな強くなっているだろうし、100人くらい使えば13階まで到達する自信あるからね。」
何それ、使うって……?
その言葉から、やはり奴はみんなと一緒に帰る気がないってことに気が付く。その事実に鳥肌が立つ!何とか言葉を絞り出そうとするのに待っていたカヅが前へと出てきた。
「じゃあ話も終わったみたいだし最後は俺だな。」
「カ!大門君……」
「いくら俺でも鬼じゃねんだからなぁ。今までイジメてきた情を思って最後くらいはてめえに選ばせてあげるよ。黙ってお前の足で入るか?それともいつもみたいにボコられて投げられるか?」
バカみたいな二者択一に腹が立つ。
後ろを振り向いた。下に降りる階段は地獄の入り口みたいに見える。これはゲームとは違う。いくら攻略法を知ってるとしても無力な俺一人で降りていけば確実に死ぬ。
何とか降りていくことだけは― と思ったのに、こぶしが俺の顔面を殴り飛ばした。
「はは!やっぱり顔を殴るときの感じが一番だぜ~ あ!誤解すんなよ。これはただ俺が昨日てめえなんかに顔を下げたことに対する小さな復讐だからな。これでおあいこだから気にせず選べよ。」
そういった彼は鼻を押さえて呻いている俺の頭をつかみ上げた。
「ところでさぁ如月。どうして俺が地球にいたころてめえの顔だけは殴らなかったのか知ってるか?」
「うう……っ」
「キックボクシングの選手としてのあれもあったけど校内暴力がばれたら面倒だからだ。まあばれたらばれたところで別にいいけど、できれば学校生活を楽しみたかったんだ。」
「くうぅぅ……っ」
「うけると思はないか?聞くところ異世界ってのはお前みたいなナードが行って復讐するところらしいじゃねえか。でも実際は法律も警察も親もないから誰もお前を守ってくれないんだからな。」
くはははと奴が俺の前で笑いを噴き出す。
そのあざ笑いが…… あまりにも悔しかった。力がないのが悔しい。こいつにだまされたのが悔しい。何も返せないって事実が悔しい……!
あまりにも悔しくて、全身がずたずたに裂けられるみたいに痛い……!
それに耐えきれなくなった俺は―
「おいおい暑苦しいから早く選ばないと俺が勝手にー あ」
奴の手をなぎ払って後ろに向かって走った。
そんな俺を「2回目の人生はまともな人間になれよ~」と馬鹿にする声が聞こえてくる。
それが消えるまで、俺は走り続けた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どれだけ走ったのだろう。
俺は1階層、始まりの坑道の中を歩いていた。
ここが本当にDEVIL TAKERの世界ならこんなオープンスペースを堂々と歩くのは危険だ。でも残念なことに、今の俺にそれを気にする余裕はなかった。
「なんでこんなことになったんだ……」
あまりにも当然な疑問。頭の中で思ったのと同時に口から出てきた。
何度考えてもそれらしい理由が思いつかない。
俺は何を間違ってたんだ?どうしてこんなことになったんだ?俺はちゃんとやったはずなのに。努力して頑張って…… そりゃあ積極的な性格じゃないから人間関係とかはめちゃくちゃだったけど…… こんなひどいことをされるほどのことなんて…… 何もしてないじゃん。
「ちくしょう……」
涙とともに口を食いしばる。
それから何も起こらず歩き続けるとタルタロスの門の前についた。
名前は派手だけど大したものではない。これはただ一気に7階まで運んでくれるエレベータ、要するにポータルだ。ただしこのままは使えず7階に行って誰かが電源を入れなければならない。
DEVIL TAKERは高い注文書を使わなければいちいち階層を越えて移動しなければならない不親切なゲームだったので後半にはかなり有効に使ってた。
「これまであるってことはもう万が一の可能性もないな…… 異世界転移もあるんだし、ここで死んだら転生もできるとか……?」
ほぼ自暴自棄になった状態でつぶやいた。
悪くない選択肢なのかもしれない。文字通りまともな人生を送らなかったごみ人間ですら貴族なんかに転生してハーレム作ってたんだけど。俺だってそんな環境で生まれ変わればいくらでもちゃんとやれる。
便宜に…… チャンスに…… 正当化に…… 誰よりも最善を尽くして生きる自信があった。
―なのにどうして、俺はDEVIL TAKERなのだろう……
「…… くそ。」
もう一度自分が置かれた現実を呪いながら振り向いた。
特に意味があって振り向いたわけじゃない。ただ何となく振り向きたくて振り向いただけだった。
そうやって振り向いたとこには―
「ヒイ……ッ?!」
人間程度の大きさのカマキリが、左の腕を振るっていた。
「クアアアアア……?!!?!?!」
よける暇もなく胸を切り放った痛みから血が噴き出る。完全に切断されたわけじゃないがかなり深くまで切られた。
奴がすぐ次の攻撃を構えるので急いでその場から逃げた。
「た、助けて!誰か助けてください……!!」
あれはグレシーガードという悪魔だ。群れを作らないやつだからスキルさえ適切に使ってくれれば一人でも倒すのは難しくない。
でも、無理だ。みんなと一緒ならともかく一人であんな化け物と立ち向かうなんて、できない。
叫んでも無駄だってことはわかってるけどもう一度悲鳴を上げようとするのにー 頭の上を通ったグレシーガードが前をふさいた。それに腰が抜けて後ろへと転ぶ。
[ブィイイイイイ]
翼をこすると、実に不気味な虫の音が聞こえた。威嚇するかのように両腕を広げた奴がゆっくりとこちらに近づいてくる。
やだ…… 死にたくない…… 死にたくない……!生きたい生きたい生きたい。イキタイイキタイイキタイイキタイイキタイ……!
さっきまで転生とかほざいてたくせに、いざ死が迫ってくると生にしがみつく。
矛盾だらけの俺の頭の中はもう正常的な思考は不可能だった。誰でもいいから、ここから出してくれという気持ちしか残ってない。
でもふと、そんな気がした。
あの鋭い刃に首を切られればどれだけ楽だろうか、と。
俺はもう疲れた。頑張りたくない。苦しみたくない。自称神ってやつには拉致されるし、クラスメイトには利用されて裏切られるし、結局こんな場所で一人で死んじゃうし…… もう嫌だ。こんな苦しみだけの人生なんて、あきらめたい。
そう思って体から力を抜いた。幸いというかなんというか、グレシーガードは獲物を確実に殺した後に食べるという習性を持ってる。これはつまり、生きたまま食われることはないってことだ。
そうだ…… せめてこんな慰めでもないと。
馬鹿みたいにニィり笑った俺は目を閉じる。死を覚悟したわけじゃないけど受け入れる納得はした。
いつものことだ。俺はいつもこうやって、理不尽を受け入れるだけだった。
だから大丈夫。未練なんてものも別に、ないから。
[……?!]
「……あれ?」
気を取り戻した時に俺は地面を転んで攻撃をかわし、奴との距離を広げた状態だった。
でも逃げたりはしない。むしろカバンの中に入れておいたスタッフを取り出しては、奴に向けた。
今…… 何やってんだ俺……?まさか…… 戦う気?
「―ストーンクラッシュ。」
つぶやくとスタッフの先から発射された石の塊が走ってくるやつの頭に的中した。
なんで戦ってんだ?あきらめたはずなのに…… どうして……?
奴の動きが止まった透きを逃がさずスタッフをふるって頭を殴り飛ばした。 バランスを崩して倒れたやつの頭を何度もたたきつける。
もう苦しむのも、考えるのも、生きるのも嫌になったはずなのに…… 何のために……?
『僕たちは必ず元の世界に帰る!!』
「……!!!」
『僕たちが何をした?殺人でもしたか?誰かを不幸にしたか?学校で事故でも起こしたか?ニュースに出そうな犯罪でも起こしたか?!違う!僕たちは何もしてない!学校が終わって、部活が終わって、家に帰って、母さんが迎えてくれて、風呂入ってご飯食べて勉強とか小言を言われて、部屋に帰ってケータイ見て、眠りについて…… 大したことはなかったけどごく普通で平和に送ってきた!そうだ。僕たちは何も悪いことなんてしてない!こんなところで死ななければならない理由なんてどこにもない!』
大嫌いな奴の、だが感化されるしかない言葉が聞こえてきた。すると心の奥底からあまりにも黒くて気持ち悪い感情が上ってきて体中を包んだ。
「そうだ…… なんで俺が死ななければならないんだ……?」
俺は何も悪いことなんてしてない。誰かをイジメたことも、無理を強要したことも、誰かを裏切ったことも、離れたことも、死に追いやったりもしてなかった。むしろやられる側の人間だった。
誰に?
「大門勝己。新月司。煙陽斗。空木夢子。天草ー 寺帝。」
名前を口にした瞬間だった一つの感情を残してすべて消え去る。神が押し付けた理不尽も、悪魔に対する恐れも、みんなと一緒に帰りたいという願いも…… ただ復讐という黒い炎だけを残してすべて燃え消える。
「殺してやる。」
歯を食いしばった。血が染み出るほど食いしばった。
殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、 殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。
俺をバカにして、理不尽を強要した奴らぜええんぶ。
「一匹残らず。殺してやる。」
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