第29話 伯爵夫人の権力小闘争

「じゃあ結局公表はしないのですか?」

僕はフェリクスさんにそう訊いた。


「まあ、とりあえず今はな」

フェリクスさんはエールを飲みつつそう答えてくれた。


一応グループの仲間たちには内緒にしていたが、今日はフェリクスさんが来て全てを教えてくれたのである。


「仲間内なら隠すような事じゃない」

フェリクスさんはそう言った。当時の神殿騎士の悪行など今更隠し立てする事でもないし、フェリクスさんが元神殿騎士であることもそうだと言った。問題はその悪行の証拠が政権中央に提示されるかだけだったと言った。


「それでいいんですか?」

リーザは改めてそう訊いた。いいんだよ、とフェリクスさんは答えた。


「リーザ、よく考えろ」

仮にその証拠を提示して王国騎士団の司令部にダメージを与えたとしても、せいぜい団長のリンドバーグの首が飛ぶだけだ。それ以上に奴らにダメージを与えるには


「こちらが何時でも公開できる、という状況そのものだ」

死そのものより、いつか訪れるであろう死のほうが恐ろしいものだと言った。ああ、なんか分かる気がする。


---


ソールウィンド伯爵夫人は極めて不機嫌だった。


実はゴッドファーザーが提示した条件はほぼ彼女の想定と同じだったのだ。違うのはその所有者が自分ではなく暗黒騎士だという点である。彼女とて王国騎士団の無秩序を危険視しており、それを掣肘する武器を欲していたのだ。


密談が終わるとリンドバーグはすぐに俸給の2割を永久返納すると言い、そそくさと団長室に戻っていった。この狸爺…!


所詮軍人のリンドバーグの俸給の2割など何の意味もない。しかしそれでリンドバーグの責任は問えなくなってしまった。


翁は金銭の話は一切しなかったが、相談役コンシリエーレルイ・イガッドは所有権や内容とは別に秘密保持契約を提示してきたのだ。


「今回の事について双方が秘密を厳守する必要があるかと」

提示された金額は思ったより安かったが、それはつまり弱みを握られた証拠という意味である。この危険過ぎる騎士共に弱みを握られたのは痛恨だった。


---


「今回はお疲れ様」

相談役ルイ・イガッドは幹部カポ・レジームノルド・ウォーリスをそう労った。


「私は何もしてませんがね」

ウォーリスはとぼけた笑顔でそう答えた。もちろんイガッドはそもそもこの情報を掴んだのがウォーリス本人である事を知っていた。そしてフェリクスにこの命令が行くように仕向けたのも彼だった。


「お前はフェリクスを買ってるな」

イガッドはそう言った。


「まあ、あいつは私が拾った子ですからね」

ウォーリスは悪びれずそう言った。


「子供の成長は楽しみなものですよ。ちょっと寂しくもありますが」

そう言ってワインを目の高さに掲げて乾杯するウォーリスだった。

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