第24話 収容所のモラリスト

「こりゃ違えな」

フェリクスはまたも持ち込まれた文章を一目みてそう言った。これで4度目である。とはいえ子飼いがわざわざ持ってきてくれたので餌付けの意味も含めて飯代くらいは渡してやらなくてはならない。ほらよ。


フェリクスは金には困っていない。彼には一応予備役としての賃金も出るし、彼自身の収入源や商売もあるのだ。毎月の上納金を安くしているのは、そうしたほうが子飼いの小僧どもがよく言うことを聞くし、クレイブみたいに信頼感で能力を発揮する者が居ることも分かっていての処置だった。


「まあ状況次第で隠れ家やさごと焼いちまうのもアリかもな」

上司たるノルドはこの作戦命令をする時にあっさりそう言った。要するに牽制になればいいのだとも。


その助言を無視した訳ではない。武闘派の2グループを手配したのはそれも意識しての事だった。しかし可能な限り持ち帰りたいというのは命令を超えたフェリクスの意思だった。金なんかどうでもいい。真実を知りたいし公開したい。


フェリクスは子飼いが帰っていくのを事務所の窓から眺めていた。残念そうでもあり、飯代としては充分な金を手にしてまあいいかと言った様子だった。しかし彼はそんな事より昔の事を思い出していた。


もう14年も前になるのか。


---


戦火の中で捕虜にした民間人への虐待は目を覆わんばかりのものだった。一体これはどこの蛮族の軍隊なんだ!? 若かったフェリクスはその惨状に深刻な疑問と不快感を抱き、そして打ちのめされていた。


「おい、こっちに可愛い女がいるぞフェリクス」

同期の彼は淫らな声をかけてきた。つい2年前までは生真面目な男で、そんな野卑な言葉を使う男ではなかったはずなのに。


しかし当時のフェリクスには何もできなかった。所詮ただの尉官である彼にはその収容所では何の権限もなかったのである。その惨状は当然上司にも報告したが、上司もまたまともに取り合わなかった。


「奴らは敵だ」

たった一言そう言われフェリクスは絶望したのである。


それどころかフェリクスのその態度は周りから白眼視される事にもなった。なんだあの野郎いい子ぶりやがって。内偵気取りかあいつ。そう言われてリンチを受けることすらあった。フェリクスが本気を出せば逆にぶちのめす事はできたが、孤立した彼には味方はおらず、また捕虜への罪悪感から抵抗はしなかった。そんな時にあの捕虜の老人と出会ったのである。


「あんた、大丈夫かい?」

老人は心配そうにそう言った。いや逆にあんたたちは大丈夫なのか? 殴られてまともに開かない口でフェリクスは逆に老人を労った。


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