第23話 苛立ちと冷静のあいだ

「まだ発見できないのですか」

王国騎士団司令官パトリシア・ソールウィンド伯爵夫人は苛立っていた。夫人と言っても彼女はまだ27歳の独身である。父の死で伯爵家を継承して2年が経ち、ようやく状況を理解し始めていた。


「…些か状況が混乱しておりまして…」

王国騎士団団長デニス・リンドバーグはそう答えた。こちらは60代の壮年の男で、父の代から王国騎士団、いや神聖騎士団を預かる顕職であった。リンドバーグ団長の眉には深い皺が寄っている。若い主君より彼のほうが遥かに深刻な事情があった。


「ミッドウォールに暗黒騎士の一隊が向かったとは聞いています」

ソールウィンド伯爵夫人はそうリンドバーグ団長に言った。それはどちらかというと団長への牽制である。私にも独自の情報網があるのよ、という意味だった。


「暗黒騎士に渡ったら面倒が起こります」

ソールウィンド伯爵夫人はそう言った。言われるまでもない事だ。そしてその面倒の内容が彼女と団長で大きな差があるのだ。恐らくソールウィンド伯爵夫人は表立っては責任は問われない。せいぜい宮廷内でちょっと中央から遠ざかる程度だ。しかし彼は最悪のケースすら想定しうる大問題なのであった。


「しばし猶予を」

リンドバーグ団長はそう言った。むしろそれは彼女へではなく、この状況と、それを司る何者かにそう言いたかった。


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「フェリクスはどうなんだ?」

相談役コンシリエーレルイ・イガッドは幹部カポ・レジームノルド・ウォーリスにそう訊いた。


「まあまだ探している最中ですよ」

ルイとノルドはカードゲームをしながらゆったりと会話していた。王国騎士団のそれと比べると余裕綽々である。


これは言わばネガティブな話であり、これが巧くいっても別に自分達の何が変わる訳でもない。元々騎士位など叙勲する前から名誉ある者ザ・オナーたる彼らに取っては単に意趣返しか、或いはちょっと収入源が増えるだけの事だった。


「ただ」

ノルドはそう言葉を続けた。


「ただ?」

ルイは続きを促した。


「フェリクスに任せたのは失敗だったかも知れませんな」

あれはちょっと真面目過ぎる、とノルドは言った。


「こういう任務にはちと不向きかと」

ノルドはそう締めくくった。


「彼とて名誉ある者なのだ。少しは慣れてもらわんと」

二人はフェリクスを過小評価している訳では決してない。むしろ若手の中ではフェリクスはかなり評価が高かった。それ故の試練という面もあったのだ。


「おっとソードのストレートだ、これは幸先がいい」

ことカードゲームに関してはルイはノルドに勝てなかった。

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