ひろし、石を投げる

 ー 翌朝 ー


 おじいさんはボランティアの野球指導を終えると、急いで家に戻って手早く昼食を済ませ、VRグラスをかけてゲームの世界へ入った。



 おじいさんは時計台の前に現れたが、まだ午後1時だったので、めぐは来ていなかった。


「あら、おじいさん」


 急におじいさんの背後から声がした。


 おじいさんが振り返ると、昨日ゲームの終了のしかたを教えてくれたエルフの女性がいた。


「あぁ、昨日はどうもありがとうございました。大変助かりました」


「いえいえ、こちらこそ丁寧にお礼をしていただいて嬉しかったです。……ひろし、さんですね。わたしはイリューシュといいます」


「これはこれは、宜しくお願いします。ひろしです」


「ところで、うまく動けるようになりましたか?」


「いやぁ、まだまだ思うように動けません……」


「良かったら体の動かし方をお教えしましょうか。そこの建物はトレーニングルームで、練習ができるんですよ」


 イリューシュは笑顔で近くの建物を指差した。


「あぁ、それは助かります。どうか宜しくお願いします」


 おじいさんは深々と頭を下げると、イリューシュの後に付いてトレーニングルームに入った。


 すると突然目の前に節子さんが現れて話し出した。


「ここは、トレーニングルームだよ! この中では自分が使える武器を試したり、魔法を試したりできるんだ。#人形__にんぎょう__#や#的__まと__#は自由に使ってね」


 しかし節子さんは少しだけ固まると、慌てて話しを続けた。


「ひろしさんはね、無職だから使える武器も魔法も無いんだ。ごめーんね!」


「無職……? あ、そうでしたね」


 それを聞いたイリューシュは驚いておじいさんに聞いた。


「ひろしさん、無職なのですか?」


「ええ、無職です」


「そうなんですね。無職は武器が使えないのでアイテムや自然にあるものしか使えませんね……。少し大変かもしれません……」


「あぁ、なるほど」


「攻撃としては、掴みかかったり、投げ飛ばしたり、石を投げたり……。ですが武闘家ではないのでキックやパンチは威力がありません……」


「ははは。いやぁ、そうでしたか」


 おじいさんは少しバツが悪そうに笑った。


 するとその時、おじいさんは足元に転がっている大きめの石を見つけて拾い上げた。


「この石を……。そうか。できるかなぁ」


 おじいさんは、石に人差し指と中指を#添__そ__#えてグッと握ると、そのまま両手を上にあげて背筋を伸ばした。


 そしてゆっくりと左足を上げて両手を後ろへ下げながら投球フォームに入ると、遠くにある弓の#的__まと__#に向かって一気に石を投げつけた。


 シュッ……、ズバン!


 おじいさんが投げた石はトレーニングルームの弓の的を吹き飛ばして「GREAT!」と表示され、また新しい弓の的が現れた。


「え?」


 驚いているイリューシュを横目におじいさんは嬉しそうにしていた。


「あぁ、若いころのように投げられるなんて。ははは」


「ひ、ひろしさん、ピッチャーをやられていたのですか?」


「ははは、若いころ甲子園に出たことがあるんですよ。それにしても、コントローラーはあまり使って無いのに#綺麗__きれい__#に投げられました」


「あ、お気づきになりましたか。このゲームはVRグラスが脳の微細な電気信号を読み取ってアバターを動かしてくれるのです」


「アバ……?」


 おじいさんは「?」な顔でイリューシュの顔をじっと見つめると、イリューシュは慌てて言い直した。


「簡単に言うと、頭で考えた通りに動いてくれるんです。ふふふ」


「あぁ、なるほど。ははは」


「慣れてくればコントローラーは使わなくなりますよ」


「コントローラーを? そうでしたか……」


 それを聞いたおじいさんは頭の感覚をゲームにどんどん没入させていった。


「……」


 おじいさんはしばらく固まって動かなくなったが、急にシャキシャキと歩き始めた。


「ははは、これは面白いですな。若返りました!」


「ふふふ、覚えるのが早いですね」


「ありがとうございます。ところでイリュー……、ええと……」


 おじいさんは慌ててイリューシュの名前を思い出そうとすると、イリューシュは笑顔になっておじいさんに言った。


「あ、イリューシュです。覚えづらい名前ですよね」


「いえいえ、大変失礼いたしました……」


「いえいえお気になさらずに、ひろしさん。もし宜しければ、フレンド申請をしてもよろしいですか? そうすれば、わたしの名前がひろしさんの視界に常に表示されますので」


「あ、ありがとうございます。宜しくおねがいします」


 おじいさんが深々と頭を下げると、イリューシュはおじいさんにフレンド申請を送った。


『イリューシュさんからフレント申請が届きました』


 おじいさんはフレンド申請の承認ボタンをコントローラーで押すと視界の右下に名前が現れた。


 ーーーーーーーーー

 フレンド


 イリューシュ

 ーーーーーーーーー


 イリューシュは右下に視線を落としているおじいさんに話した。


「これで、わたしの名前が表示されていると思うので。ふふふ」


「これは大変お手数をおかけしました。ありがとうございます、イリューシュさん」


 おじいさんは深々と頭を下げると話を続けた。


「ところでイリューシュさんは立派な弓を背負っていらっしゃいますが、弓をお使いになられるのでしょうか」


「はい、ふふふ。わたしは弓を使います」


 イリューシュはそう答えると背中に背負っていた美しい弓と矢をゆっくりと構え、静かに引き絞った。


 グググッ


 そして弓の的に向けて指を離すと、美しい音を響かせて矢が放たれた。


 カンッ! ……スパン!


 矢は的の中心を綺麗に射貫き「GREAT!」の表示が現れた。


「おお! 素晴らしいです!」


 おじいさんは拍手をしながらイリューシュを#称__たた__#えた。


 しかし、トレーニングルームにいた他の初心者プレイヤーたちは、この恐ろしい二人組に少し引いていた。

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