ひろし、現実世界に戻る

 おじいさんは襲い掛かってきた若者に慌てて身構えると、ひとりの若者が剣でおじいさんに斬りかかってきた。


 ブンッ!


 おじいさんは必死に剣をよけると、咄嗟とっさに若者につかみかかった。


「も、申し訳ありません! やめてください!」


「え? う……、うわぁ、なんだこの攻撃力!」


 おじいさんに掴みかかられた若者のHPは一気にゼロになって消滅していった。


「あっ」


 おじいさんは若者が消滅した事に驚いたが、すぐにめぐの事を思い出して辺りを見回した。


 すると突然、雷雲かみなりぐもが空に広がった。


 ゴロゴロゴロ……


 そして、おじいさんが遠くにいるめぐを見つけると、めぐは杖を高くかかげて呪文の詠唱を始めた。


「聖なる雷を司る者たちよ。我にその慈悲と慈愛を与えたまえ。清く正義の力をもって嘆願する。あの者たちに裁きの雷を!」


 ガガーーン!!


 雷は若者たちに落ち、雷をまともに食らった若者たちは静かに消滅していった。


「雷が……」


 おじいさんがその光景を見て驚いていると、節子さんの声が聞こえた。


「ステータスポイントをGETしたよ! ポイントは平等に同じだけ貰えるから安心してね!」


 おじいさんが良くわからずにいると、めぐが走ってきておじいさんに抱きついた。


 ガバッ!

 

「おじいちゃん、勝ったね!」


「あ、あぁ。ははは。あれは、めぐちゃんの雷かい? いやぁ、驚いたなぁ。めぐちゃんは強いんだなぁ」


 おじいさんはめぐの強さに驚いた。



 2人は戦闘を終えて村に戻る途中、めぐがおじいさんに話しかけた。


「おじいちゃん、この世界の人たちは良い人たちも多いんだけど、ああいう人たちも居るの」


「いえいえ、どこにでも悪い人は居るものですから」


「この世界には、ああやって他人からステータスポイントを奪うグループがあってね、通称『黒』って呼ばれてるの」


「黒……。そうですか。うっかり近寄れませんね」


「うん。さっきの人たちは、あんまり強くなかったから黒の真似事まねごとをしてるんだと思うんだけど、黒はとても強い人たちのグループなんだって」


「なるほど……、黒は怖いですね」


 2人は話をしながら村に戻ると、最初の大きな時計台の前にやってきた。


 するとなんと、時計台の近くにはリスポーン(復活)していた先ほどの若者たちが集まっていた。


 それを見たおじいさんはめぐに言った。


「あ、先ほどの人たちが!」


「おじいちゃん大丈夫だよ。ここでは戦えないし、やられると攻撃力とか防御力のステータスが一時的にゼロになるから、しばらくは手を出してこないから」


「ステー……、ゼロ?」


「うん、でも時間が経てば戻るんだけどね」


 めぐがおじいさんに説明していると、若者たちはチラチラとおじいさんたちを見ながらどこかへ行ってしまった。


「おじいちゃん。わたし、そろそろオンラインの習い事が始まるから今日は帰るね。ちょっと待って、いまフレンド申請送るね」


 すると節子さんが現れておじいさんに言った。


「めぐさんからフレンド申請が届いてるよ。フレンドになる?」


「はい、宜しくお願いします」


「はい、めぐさんとフレンドになったよ! 次からは承認ボタンを押してね!」


 節子さんはそう言うと、一回転して消えていった。


 おじいさんは笑顔で節子さんを見送ると、めぐに向かって深々と頭を下げてお礼をした。


「めぐちゃん、今日は本当にありがとうございました」


「ううん。おじいちゃんに会えて良かった! おじいちゃん、明日チーム戦のイベントがあるんだけど、良かったら一緒のチームの初心者クラスに出ない?」


 おじいさんは良く分からなかったが、誘ってもらえた事が嬉しくて笑顔で答えた。


「ぜひ、宜しくお願いします」


「良かった! ちょうど初心者クラスの人がいなくて困ってたの。明日の午後2時からゲームできる?」


「はい。大丈夫です」


「じゃあ明日の2時に、ここで待ってるね。じゃあまた明日!」


 めぐはおじいさんに手を振ると静かに消えていった。


 おじいさんはめぐを見送って時計台の時計を見てみると、もう午後6時を過ぎていたので少し慌てた。


「あぁ、わたしも戻らないと。明日は朝から少年野球のボランティアがあるからな……。」


 しかし、おじいさんはゲームの終了方法がわからずフラフラと歩き回ったり、キョロキョロしたりしていた。


 すると、それを見ていた背の高いエルフの女性が近づいてきた。


「あの、おじいさん。もしかしてゲームの終わり方が分からないのかしら」


「あぁ、すみません。その通りです。ははは」


 おじいさんが照れ笑いをすると、エルフの女性もニッコリと笑っておじいさんに説明した。


「VRグラスを外すと自動的に終わりになりますよ」


 それを聞いたおじいさんはVRグラスを外すと、時計台の前から消えた。


「あっ」


 おじいさんは現実世界に戻って来たが、慌ててまたVRグラスをかけた。


 すると消えたおじいさんがエルフの女性の前に再び現れた。


 それを見たエルフの女性は驚いた顔でおじいさんを見ると、おじいさんはエルフの女性に頭を下げてお礼をした。


「教えてくださって、ありがとうございました」


「ふふふ。お礼を言いに戻って来てくれたんですね。こちらこそ、ありがとうございます」


 エルフの女性は少し声を出して笑うと、おじいさんも笑顔になった。


 そして、おじいさんはまた深々と頭を下げると時計台の前から消えていった。


 ◆


 現実世界に戻ってきたおじいさんは、ふぅっと一息ついた。


「あぁ、時間が経つのが早いなぁ」


 おじいさんが呟くと、おばあさんが夕飯をテーブルに並べながらおじいさんに言った。


「おじいさん、ずっとブツブツ言いながら手を振り回したりして……」


「いやぁ、びっくりするくらい面白くてなぁ。今日はお友達ができたんだよ」


「あら、そうなの。良かったじゃない。……あ、そうそう。街の電気屋さんに電話して新しいのを孫に送ってもうらうようにお願いしておきましたよ」


「あぁ、そうか、ありがとう。手間をかけたね」


 おばあさんは夕飯を並べ終えて座ると、おじいさんと一緒に夕飯を食べ始めた。


 すると、おじいさんは思い出したようにおばあさんに話した。


「そうだ、あっちの世界でも物が食べられるんだよ。ちゃんと味もするんだ」


「あらそうなの?」


「抹茶ケーキを食べたんだけど、美味しかったんだよ」


「へぇぇ、なんだか良さそうですね。だって味はするけど実際は食べてないんでしょう? 太らなくていいわね」


「ははは、そうだなぁ。そうそう、明日友達と一緒にイベントに出るんだ。足を引っ張らないようにしないとなぁ」


「あらあら、なんだか楽しそうですね」


「はははは」


 おじいさんは笑顔になって箸を止めると、嬉しそうにVR-GigBoxを見つめた。

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