「横たわるきのこ」

@tougoulost

「横たわるきのこ」

僕はじめじめとした一室に身を置き、ただ目を見開いていた。

一室の外は夕暮れがとっくに過ぎた頃合いを指す夕闇が街を包み、

「おはよう」とも「こんにちは」とも似つかわしくない暗闇が街に腰を掛けようとしていた。

一室の電気をつけずにただ横倒しのマグロのような状態で、僕は目を見開き

呼吸をしていた。その呼吸だけは誰も怒らないであろうとリズムよく礼儀正しく

静かに、ゆっくりと黙々と続けていた。


少しずつ地球の森林様が大事に大事に作っていただいたであろう空気という資源を、

ただ目を見開き消費していく様は正に電気コードをかじる飢えたネズミでしかない。

そんな想像がよぎった瞬間、自己嫌悪と脅迫概念で腕を搔きむしってしまう

自傷者になりかけたため即刻ゆっくりとした呼吸音に意識を集中させる。

一室に寝転ぶ生き物が人間だと思うであろうか?ゆっくりとした呼吸をする

怠け者じめじめ即身仏候補をだらけた人間と思うであろうか?

人間というのはどういう人を指すのだろうか。


真面目に働き、友情を育み、淡い恋愛を幾重にも経験し、社会という

立場関係がジャングルのように張り巡らされた礼儀正しい空間に身を

置いている者のことを言うのだろうか。

それとも腕があり足があり生殖行為が可能で娯楽を

たしなみ、時々赤ワインを体内に流し込むような身体的な意味での人間なのか?

精神的か肉体的か、書きなぐった言葉を参考にするのであれば

僕は精神的なものは人間ではなく、身体的なものは人間であると思う。

人間関係を上手く築くことができず、恋愛という甘い空気も

吸ったことがない。社会的な立場も持っていない、無職だから。

人は目の前に人が居てこそ、人で居れると僕は思う。

この世の無機物、有機物は認識されてこそ感じられてこそ

名前と存在を断定できる。


ならば僕はどうか?じめじめとした一室に身を置き、

誰からも名前を呼ばれず感じられもしない。

僕は人間ではないのだろう。ゆっくりと呼吸をする人間関係を

持たない者は人ではない、精神的なものならば。

肉体的にはどうか?手があって、足がある。

呼吸ができる、体温もある。


しかし、馬鹿げた話と切り捨てずに聞いてほしい。

笑わないでくれとは言わないし、さも当たり前であったと

思ってくれるなら思ってほしい。


僕は手と足が生えているが、メインの体はキノコなのだ。


なぜか?もともとそうだから。なぜキノコなのか?

じめじめとした一室にいるから。一室で生き永らえるのは

キノコしか居ないではないかっ!

ここで少し考えてみよう。僕がキノコのフォルム、滑らかな

触り心地のいいふっくらとしたお腹を持ち、

頭には赤く立派な傘がある。赤い斑点付きの。

それに手足が生えている。それを人間と言ってはいけないか、どうか。

これを読んでいる人、例えばあなたをよく考えてみよう。

僕はあなたがどんな性別で、どんな特徴かもわからない。

恥ずかしいことに僕の滑らかなお腹のフォルムと立派な赤い傘は

あなたから知られている。なんと、キノコということもだっ!恥ずかしい!


あなたはどうか?これを読んでいるということは目があるだろう、きっと。

そして、文字を理解し意味合いが伝わっている。ここまで読み理解する

という行為ができてるならば、あなたには脳がある。

それらは空気にさらしていては不憫なのだから皮もあり、それらを

維持するために食べ物も摂取しなければ。口もあり、

腸内環境や消化機能を持っている生体的な部品もある。

僕が大まかに分かるのはそれくらいだろう。

僕はあなたから情報を得ることはできない。

話もせずに理解することはとてもとても難しい。

先ほどの話では、認識されてこそ感じられてこそ存在できるという

意味合いの話をだしたと思う。


あなたがもし、生まれてから誰かとの関係を拒み

様々な視線や接触を拒んだとしたら、あなたは人間と言えるだろうか?

そんな人生を歩んできて、あなたがキノコではないと言えるだろうか?

たまたま運がよく関係を築けたとして、友情や恋愛を育めた。

家族や親せきも生きている。ならば私は俺は僕は人間だ!と言えるだろう。

もし、家族や親せきが居なくなり、すべての関係が途絶え

僕の前に君が現れたら君は人間だろうか?

もしかしてキノコじゃないかなと僕は言うと思う。

なぜなら僕がキノコだから。


僕がなぜ肉体的に見たら、

あなたが僕を人間と言えるだろう的な意味合いを出したか?

君が様々な人間関係を保ち、あなた自身を人間と断定できる状態で

僕を目にしたら人間と言うと思ったから。

この世は認識されて感じられてこそ存在できる。

僕が僕をキノコなのかもと思ったのは、

キノコが体の大半を占めているという肉体的な意味と、

じめじめとした一室で呼吸をするという状態分析からである。

君が僕をキノコか人間、どちらかに断定したときどちらかになる。

それはすべての生き物にも言える。

人は自分自身がこうであると一人では信じきれない。

様々な人から呼ばれ認識されてこそ居場所や存在ができる。


僕は横たわりながら、呼吸をしながら、

夕日の光がない真っ暗になった一室でそう思う。

あなたは人間。しかし、僕はキノコか人間か。

この世のどこかの、真っ暗でじめじめとした誰も来ない一室で、

キノコは呼吸している。ただただゆっくりと。

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