第47話 自身不過剰

「あれだけ分かりやすくされて、気が付かないほど鈍い人間なんていないじゃないですか」

「あら、圭とか気が付かないタイプの人間よ」

 それは実体験だろうか。

「流石に嘘ですよね?」

「あなた分からないの?あの男がどれだけアホなのか」


 常世くんが分かっていないとは思えない、演技が上手いのか天川先輩が深く追求しなかったのか、どっちにしても僕には捉えきれない事だ。

 どちらの先輩に対しても失礼の無いように肯定でも否定でもないような表情をしておこう。


「まあ、僕は一応凉に好意を持たれてると気が付いてます」

 目を逸らし、部屋の端っこにある白いアネモネが刺さった花瓶を見ながら応える。


「そうなのね、秀も全然気にしてない素振りだったから本当に気が付いてないアホかと思ったわ。」

「アホじゃなくてよかったっす」

「本当によかったわね、気が付いていないとか言ってたらあなたの服を全部奪って外に放り出すところだったわ」

「素直に答えて本当によかったです」


「それで、気が付いててなんであんな感じなの?」

「凉といると辛いんですよ」


 彼女といると自分の惨めさ、無力さ、弱さ全てを嫌でも理解させられる。釣り合う男になろうといくら努力しても差は開いていく一方だ。

 しかし彼女はそんな事を気にもしない。

 むしろ彼女は僕の事を認めている、誰に釣り合わないと言われようとも彼女は気にもせず僕の事を肯定し続け、僕の事を好きだと等身大の気持ちを遠慮もなくぶつけてくる。

 

 だから彼女から離れようと思った。


 彼女と一緒にいて肯定されれば勘違いをして、僕は人として成長できなくなる、本当になりたい彼女と釣り合った人間になることがどれだけ時間をかけてもなれなくなる。いや、元々釣り合う人間には僕はなれないのだろう。

 それでも彼女に一歩でも近い人間になることを彼女と一緒に居たらやめてしまう。

 

 そんな自分が嫌で必死に変えようと思った、高校に入って家を遠くすればもしかしたら変われるかもしれない。そう思って僕は遠い町で一人やり直そうと思っていた。やり直せると思っていた。

 でも、引っ越したら隣に幼馴染が居た。

 新しい生活に日常の象徴とも言える見知った顔が入ってきたんだ。


 僕は凉に甘えている、何をしてもある程度支持をしてくれる彼女に、甘えて依存している。 そんなような事を話した。


「秀あなた意外と面倒くさい性格してるのね」

「そうっすね、面倒くさいかもです」

 ああ、本当に面倒くさい。自信過剰で明日の事は何も考えない、そんな人間だったらどれだけ良かったことか。

 

「いい秀、よく聞きなさい今回のテストあなたは絶対学年で一位を取りなさい、私があなたのその面倒くさい性格を替えてあげる。」

 先輩が凛々しく、そして何かを奮い立たせるような言葉を言い表す。

 それに感化されるように部屋の端で白いアネモネが揺れていた。

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