第44話 いつも通りでいい

 特に何も決まらないまま凉に呼ばれ空気が重たい勉強会が始まった、必要以上に優しい天川先輩の笑いながら教えてくる顔はいつもの小悪魔どころか大魔王のような慈愛に満ちた微笑だ。

「あの、愛咲さん」

「何?ストーカー泥棒犬畜生」

 普段より優しいトーンで普段に比べても泣くほどどぎつい罵倒が常世くんに飛ぶ。

「いえなんでもないです…」

「じゃあ話しかけないで、勉強の邪魔よ」

 無言の勉強タイムが始まる、凉は関係なさそうにぼぶちゃんと戯れている。

 僕はなぜ、あの安全地帯でなく先輩たちの間に挟まれて、殺気をそばで感じなければならないのだろう。


「どうしたら許していただけますかね?」

「ふーん、圭は許してほしいんだ」

「はい、許してほしいです」

「じゃあ、何でもするって言って?」

「何でもですか?」

「何でも」


 敬語になった先輩たちはとても長い付き合いには見えない。

 常世くんが「何でもする」と言ったらいったい何をさせられてしまうんだろう、公園で半裸で散歩件筋トレなどでは済まなくなるかもしれない。

 もしかしたら、臓器でも売られてしまうのではないだろうか。

 そんな事を妄想していると、常世くんが重い口を開いた。


「何でもします」

「本当に?」

「本当に何でもします」

「じゃあ許してあげるわ」

 10秒前とは本当に同一人物なのか、と思うくらい天川先輩は一瞬でいつもの調子に戻っていった。

「じゃあ何させようかな」

「緩いのでお願いします」

 こっちは許されたからと言って何も変わってはいない。むしろ何でもすると誓ってしまった以上自分がどうなってしまうのか分からない恐怖に思考が囚われていそうだ。


「凉、かわいいペットに何かさせてみたいことある?」

「ぼぶちゃんに?」

「凉なら、秀にしたいことを教えて」

 背筋が凍り付く、ギリギリ安全圏内から様子を伺っていたつもりだが、天川愛咲という女は共犯者である僕の事も最初から全く許す気がなかったらしい。

「とりあえず私の言うことを聞かせたい」

「聞かせてどうするの?」

「私の好きな料理を作らせて、あとは私の目の届くところで数日過ごさせる。本当は一生がいいけど秀に逃げられても嫌」

 冷や汗が出てくる。

 凉はクールな表情の奥でこんな物騒なことを考えていたのか、我が幼馴染ながら全く分からない。

「だからいつも通りにさせたい」

「そうね、凉がそう言っているのなら私もちょっとだけ優しくしてあげるわ。圭あなた公園で上裸で筋トレした後ボブと一緒に散歩ね」

 いつもどおりが過酷すぎる!

 何が優しいのか僕には分からないが常世くんは命を救われたような、安堵の表情を浮かべている。

「愛咲、ありがとう」

「これに懲りたら私の私物を勝手に見ないことね」

 嬉しそうな二人を見ていると、クローゼットやノートを配置したのがこの騒動の原因という事を指摘する気がなくなっていた。後輩としても二人が幸せならそれでいい。

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