第28話 ダメ人間顔を上げる

 内田先生は黙って考えた顔をして、30秒くらい過ぎてからようやく口を開いた。

「まあ鷺ノ宮君はそこまで変なことはしないだろうし、星崎さんに聞いてみるわ、また後で呼び出すから鷺ノ宮君は帰っていいわよ」

「ありがとうございます、失礼します」

 先生からの許可が出たため、一礼して生徒指導室から脱出する。菊池は悲しそうな顔をしていたが放っておくことにしよう。


 既に一限が始まっているクラスにコッソリと帰ると、クラスメイトから心配そうな目と一部から嫌悪感が滲み出た眼差しを向けられる。

 僕は後ろ指を指されるようなこと何もやっていない。でもあまりいい気分ではない。

「鷺ノ宮君大丈夫?」

 斎藤が先生の目を盗んで小声で話しかけてくる。

「いや、なんか事情聴取されただけ」

「菊池君は本当にストーカーしたの?」

「被害者から聞かないと何とも言えそうにない」

 それだけを伝えて、いなかった時に進んだ分の必死で黒板の文字を写した。


「じゃあ授業を終わります、この範囲はテストに出るから良く復習しておくように」とほぼお決まりの定型文を先生が告げて授業が終わる。

 授業が終わるとともに何人かのクラスメイトがこっちの方を見てきたが、誰も話しかけてこない。なぜだか腫れ物に触れられているような気分だ。


「秀大丈夫?」

 声がした。

 心地がいい声が体に浸透していく。 

「大丈夫」

「本当に?」

「大丈夫だ」

「いいこいいこ」

 彼女の手が頭に触れる、大きな手に頭が包まれて、接した部分から思考力を奪われ、代わりに何かが満たされていくような気がした。

「やめてくれ、そろそろ子供じゃあるまいし」

「幼馴染だから関係ない」

 クラスメイトの前で彼女はいったい何を言い出すのだろう。

 このまま彼女といたらダメ人間になる。


 やたらと教室内の視線を感じ、我に返り凉の手を振り払う。すると、教室の前のドアから手招きしている内田先生を発見した。

「星崎さん鷺ノ宮君となら話しても構わないって」

「ありがとうございます」

 やはり隣にいる人によって安心感が違うのか、体育教師の後を付いていく時よりも居心地が悪くない。


 空き教室らしき場所に連れていかれ、少し埃をかぶった席に座る。どうやら今回は僕が待つ側らしい。

 星崎さんが来るまでに考えなければならない事がある。

 菊池は馬鹿な奴だ。それはもう変えようのない事実だが菊池の行動を止められなかった僕にも一ミリくらい責任はあるかもしれない。

 僕は悪くないはずだがそれでも、教室がどこかあの居心地の悪い空気にされるのは気が引ける。僕と菊池はまだしも凉にこれ以上変な空気を取り巻かせたくない。

 昨日菊池と話したことを思い出す、脳の記憶領域が熱くなるほど鮮明に。

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