第25話 彼女との古い記憶Ⅰ
物心ついた時から彼女は常に僕の数歩先を歩んでいた、最初は凄いとたたえる気持ちと羨ましいという気持ちが強かったと思う。
「凉ちゃんは凄い、凉ちゃんは天才」
小さい頃はそんな言葉が口癖だったような気がする、そういえば彼女は昔から変わらない。
彼女は僕が生まれて初めの嫉妬という感情をプレゼントした。その舞台はピアノの教室だったか絵画の芸術教室だった気がする。どっちの教室が先だったか覚えていない。
小さいころとはいえ数か月僕がやってきたものを凉は初めて見ただけで簡単に僕を超えた。
ピアノや絵を始める前も凉は天才の片鱗ともいえる行動や運動神経、芸術センスを見せていたが、圧倒的才能の差を見せられたのはそれが初めてだった。
正解がないものに優劣を付けさせるほど彼女は凄い。
難しい曲を一発で弾いて大人に絶賛されても彼女はいつものクールな表情を崩さなかった。でも僕が褒めた時だけ彼女がやたらと喜んでいたことをなぜか今でも忘れられない。
変わらない彼女に対して変わっていったのは僕の方だ。羨ましいという気持ちがいつしか自分より何をやっても上手くいく凉への嫉妬心が年齢を重ねるにつれて大きくなっていく。そして、羨ましいはいつしか恨めしいという気持ちへ変わっていった。
きっと今もこれからも僕は彼女に勝つことは不可能だ、でも、努力をしなければ彼女にとって価値のない人間と判断されてしまうかもしれない。
それだけは嫌だ。
凉が出会った時の事を思い出して欲しそうだったので、古い記憶を思い出してきたが、やはり彼女との記憶を思い出すのはなかなか辛い、しかし肝心の彼女との出会いはやはり全く思い出せない。
強烈的な出会いをした記憶もないし、今度それとなく母さんにでも聞くことにしよう。
「秀、起きて」
目に入ってくる金色の長い髪の毛を朝日がやたらと強調してくる、起きて間もないボケた脳をいつも彼女は更にバグらせる。
「おはよう」
「寝坊するよ」
彼女の言葉を聞き、飛び起きる、遅刻するわけにはいかない。あたりを見渡し、数十分前の僕が目覚ましを完全に無視していたことを悟る。
時計を見るとわりと間に合いそうな時間で安堵した。
「今日爺やが作ってくれた朝ごはん一緒に食べよ」
ここ数日ですっかり慣れた爺やさんのご飯を食べに行く、爺やさんは別のお仕事があるみたいで引っ越してからは会ってないが、はやく会ってお礼を言いたい。
「秀早くいこ」
彼女に呼ばれ、簡単な着替えだけをして彼女の部屋に上がり込む。
食卓に並んだ朝ごはんにしては豪華すぎる料理を頂き、まだ時間の余裕があったのでコーヒーを飲む。
落ち着いた時間に終わりをもたらしたのは菊池からラインで来た「助けてくれ」という何やら不穏なメッセージだった。
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