第20話

 テストの時期はいつも憂鬱だ。

 家にいようが学校にいようが勉強をしなきゃいけない。

「秀は勉強嫌い?」

「嫌いと言うか苦手だな、よく知ってるだろ僕がそんなに優秀じゃないって」

「そんなことない、秀は私についてきてくれる」

 それこそ本当にそんな事ない、彼女についていけてるわけがない。僕がどれだけ勉強をしたとしても彼女に叶うことはない。

 順位や点数だけで見れば近いとも取れるかもしれない、でも僕と彼女とでは見えなく決して埋まらない差というものがある。


「凉は勉強嫌いなのか?」

「私は勉強なんてどうでもいい、知りたいことを考えるだけ」

「それは羨ましいな」

 彼女が勉強していた光景を思い返してみる、彼女は物事を一字一句忘れない。

 景色ですらそうだ、彼女が見たものはきっと神が管理しているストレージにでも保管されているのだろう。


「羨ましい?」

 知りたいことを考えて何か調べているだけでほぼ全てのことを理解して、誰からも認められる、なんて羨ましくて、恨めしい事だ。

「凉が凄いってことだ、僕なんかよりもずっと」

「私は秀の方が凄いって信じてる」

 彼女は皮肉を言わない、きっと彼女は本気でそう思い込んでくれている。

 そう言ってもらえるのは嬉しいがそれでも、彼女以外にそんなことを思っている人間なんてこの世のどこを探してもきっと見つかりはしない。


「本気か?」

「私はいつだって本気」

 知っている、彼女はいつだって本気だ。

「そっか、じゃあ頑張るよ」

「うん、頑張って」

 長く美しい金色の髪を触りながら彼女は真っすぐな瞳でそう言った。


「もうテストまで三週間くらいしかないし、今日から勉強だな」

「分からない所があれば私が教える」

「ありがとう、でも気持ちだけでいいよ」

 彼女の教え方はとても下手だ、いつも口下手な彼女だが、何かを教えようとするといつもより、脈絡のない謎の単語を言うだけで何を言っているか分からない。

 まずいカレーくらい奇跡に近い、意図的にやらなければ不可能というレベルだ。


「そうだ、凉テスト期間だけ家事とか変わってくれないか?」

「家事って?」

「掃除はまあ終わってからでもギリギリ何とかなるから、洗濯と料理をやって欲しい」

「爺やがやる」

「料理は?」

「爺やにやってもらう」

 爺やさんの料理の腕前は素人目から見てもとても高い、何度かご馳走してもらったが記憶に鮮明に残るほどおいしかった。あんな料理をここ数週間毎日食べられるというのであればそれほど嬉しいことはなかなかない。

「嬉しいけどいいのか?爺やさんって忙しいんじゃないのか?」

「秀が言うなら爺やに料理を教えてもらう、教えてもらったら次の日から私が作る」

「凉って料理作れたっけ?」

「私の事なのに忘れたの?」

 いくら何年も一緒にいる幼馴染だからってすべてを把握しているわけではない、忘れることだってある。

「ごめん、さっき思い出した」

「秀が私の事忘れるわけないもんね」

 彼女は微笑みをこぼした。

 何も思い出してはいない、しかし彼女が不機嫌になられては面倒くさい事は忘れない。

 笑顔に魅了された僕は彼女にきっと嘘を付き続ける。

 

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