第7話 幼馴染のおすすめの本の内容に心当たりがある

 目線をそらした先にある本を見て、思わず再び別の場所に目線をそらしてしまいたくなる。

「犬を逃げなくするしつけ方」何の変哲もないこのタイトルの本は僕にはとても禍々しく感じられた、なぜなら僕が知っている限り彼女は犬を飼っていない、そして犬を飼おうともしていなかったはずだ。

 果たして凉が想像する犬というのは何のことなのだろうか、考えなくても薄っすらと彼女が何を犬と

「凉、この本はなんだ」

「タイトルにある通りの犬を逃がさなくするための本」

「そうだな、それは分かるんだ、一応聞いておきたいんだけど凉って犬飼ってないよな?」

「飼ってないよ」

 そう言った彼女の顔は幼馴染なんだからそのくらい分かるでしょと書いてあった。

「もう一つ幼馴染だから何となく覚えてるんだけど、犬苦手だよな?」

「確かにあんまり得意じゃないかも、獣の犬は」

 なぜ獣の犬はなんて変な言葉を使うんだ、獣以外の犬を彼女は知っているというのだろうか。

「獣じゃない犬って?」

「知りたいの?」

「知りたくないです」

「ほんとに?」

「本当に」

 想像を確信に変えてしまうということ必ずしも良い事になるとは限らないということを、この幼馴染と過ごした15年という月日で僕はすでに学んでいた。

 犬のしつけ方の本に気を取られすぎていたが、それだけでなく彼女の本棚から落ちた本はどれも一見普通に見えて、恐らく普通じゃない意味を持っているタイトルの本がズラリと並んでいる。

 彼女は読書が好きなので、もちろん名作の物語というものも本棚には入っているのだろうが僕にその判断をする体力も勇気も持ち合わせてはいなかった。本を判断をするのはまた今度この部屋に来た時の僕に任せるとしよう。

「最近読んだ本で一番面白かったのって何?」

「これ」そういって彼女はシンプルだが高級感のある表紙をした本を本棚から取り出して渡してくる。

 本を受け取り「どんな話なんだ?」と質問をしてみる。

「説明はむずかしい、でも面白かった」

「そっか、じゃあ今度読んでみるよ」

「あげる」

 本の表紙を見ていたので顔を見てはいないが凉はいつもより嬉しそうな声をしていた気がする。

「いいのか?それなりに高そうだけど」

「荷物の事手伝ってくれたお礼」

「じゃあありがたく貰っておく」 

 本を受け取り今度こそ自分へと返る。

 リビングの机に座り、すっかり冷めきってしまった紅茶を飲み干す。そして彼女からもらった本を開く。

 「監禁島」というどこからどう見ても物騒なタイトルがこの高級そうで豪華な表紙をした本につけられているらしい。

 いきなり読むのを諦めてしまいそうになったが僕はこらえて次のページをめくった。



 気が付くと本を読み終えていた。

 どうやらこのふざけたタイトルの本に熱中して時間を忘れていてしまったらしい、読み終えたころにはすっかりと日も落ち、もうこの本が読めないという少しの喪失感すら覚えてしまうほどだった。

 内容は愛が重すぎる女に最初は苦手意識をもっていた男が無人島で長い時間をかけて協力し合うという、ギリギリ恋愛小説と呼べるものだったが、終盤では最初理解できなかった女の執念やイライラするほど簡単に振り向かない男などの物語の人物たちに共感してしまうほどだった。

 読み終えてから数十分ほど経ち、何もしていない時間を過ごしていると、ある人物が頭中に浮かんだ、監禁島では長い時間で物事は解決できることが書かれていたが、あと何十年掛ければ僕は彼女のそばにいられる人間になれるのだろうか。



 

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