第6話 見慣れない服装が魅力的に見えるのは疲れているからだろう
見慣れない天井、少し違和感のあるベッドで目を覚ます、だが聞こえてきた声と見えた金色の髪はよく知っているものだった。「おはよう」と口に出しつつもスマホをとろうと伸ばしていた手を引っ込め、その代わりにずれていた布団を体に引き寄せる。
「秀、二度寝しちゃダメ起きて」
「あと五分だけ」
「じゃあ一緒に私も寝る」
予想外の回答に寝ていた思考回路が一気に活性化する、体を無理やり起こすとすぐに眠気は吹き飛んでいった。
「ちゃんと起きたよ、おはよう」
「珍しいねこんな時間まで寝てるなんて」
スマホをとり時間を確認する、無機質なデジタルの文字は11:13と映し出している。
「ああ、引っ越しで疲れてたのかな、それは置いといてなんでうちにいるの?」
「幼馴染だから」
昨日と同じように彼女は当然かと言わんばかりに答える、彼女がここにいる理由は本当にそれしかないのだろう。
そのまま「おなかすいた」と凉がこっちに視線を合わせなおしてから呟く、これは早く作れという意味だろう不機嫌になられても困るので早いところ朝食を作るとしよう。
目玉焼きとサラダ、焼いたトーストとコーヒーという簡単な朝食を見ながら「おいしい?」と質問をしてみる。
すると「おいしい」とだけ凉は返し、そのまま黙々と朝食を口に運ぶ、いままで彼女に一度もまずいと言われたことはないが毎回きいてしまう。
朝食を食べ終わり、食器洗いも終えて、ゆったりと外の桜の木を眺める。ふわりと舞う桜の花びらは太陽の光を吸収しやたらと綺麗に見えた。
そういえば昔同じようにきれいな桜を見たような気がする、いつ見たかどこで見たかなどは覚えていないがやたらと桜を美しく思ったという事だけを思い出す。
「秀このあと時間ある?」
目の前に座った彼女がコーヒーを飲み干してこちらに聞いてくる。
「あるよ」
「よかった、荷解き一緒にやろ」
昨日は自分の荷解きで今日はどうやらこの幼馴染の荷解きを手伝わされるらしい、あまり乗り気ではないが彼女の決定事項に反論できるほどの勇気はないのでおとなしく手伝うことにする。
ある程度外に出ても違和感のない服に着替え靴下をはき彼女の部屋へと向かう、昨日聞いていた通り場所は僕の部屋の隣だった。
彼女の後ろをあるき部屋に入る、間に段ボールが数箱置かれているが統一感のある白と金色を基調にした家具が部屋に綺麗に整頓されておかれている、そこは僕の部屋とほとんど同じ間取りで同じような大きさだが全く違う場所に感じさせた。
「家具はもう出されてるんだな」
「力のいるところは爺やがやってくれた」
「じゃあ、あと少しってことか」
「そう、これから手伝って」
凉は服と書かれた段ボールをもってくる、非常に触れにくいものから持ってくる行動はわざとやっているのではないかと思えてくる。
無心になりつつ服のクローゼットへの仕分けを終え、次の作業に取り掛かろうとしたときに僕はあることに気が付く。
凉が昔とったピアノとかの賞状やメダルといったものが一切見当たらないのだ。
凉の実家では大事そうにガラスケースに入れて玄関の前の廊下に飾られており、なんども目にしたことがあった。
「ピアノとかの賞状ってどうしたの?」
「おいてきた」
「どうして?」
「持ってる必要がないから」
その言葉をきいて彼女らしいが、その言葉は少し寂し気に響いた。
次に彼女が持ってきた高校と書かれた箱を開ける、中身を空けると制服が入っていた、何の変哲もないブレザーの制服、なんとなくそれを凉が来ているところを想像して眺める。
「なにか考えてるの?」
「凉がこの制服着たらどんな感じなのかなって」作業を止めていたわけでもないがなぜか考え事をしていることを言い当てられてしまった、最近こんなことが多い気がする。
「着てみる?」彼女は疑問形でそういうとこちらの返事を待たずに今着ている服を脱ぎだした、今更幼馴染の着替えを見たところで目新しさもないが僕は後ろを向きできる限り視界を遮るようにおもむろにスマホを取り出した。
「おわった」
彼女の声を聴き振り返る。
そこには制服を着て微笑んでいる彼女がいた、その姿は光のベールを被った桜のように淡く輝いていた。
凉は着替えを僕に見せると満足げな顔をして元の高級さを感じさせる服装に戻った。僕は再び後ろを向き彼女を目に入れないよう風でひらひらと舞っているカーテンの外を眺めた。
すると凉が小声で「そういえば秀のために買ったストッキング履き忘れた」と呟く。
「なんで僕のためなんだ」
「私に内緒で引っ越そうとしてたから、パソコンの検索履歴みた」
「見るな、そしてそれを言うな、親しき中にも礼儀ありだぞ」
「幼馴染は親しい程度じゃ表せない、唯一無二の存在」
思考が凍り変なことを言ってしまう、頭が活動を再開し始めると額から汗が流れていた。男なら誰しもが隠し通したかったもの幼馴染の手によって暴かれてしまったのだ。最悪の場合ストッキング好きがばれたのは恥ずかしいだけでどうでもいい、しかし「天才 怖い」と検索を掛けたことがある。
ある一定の時期から彼女のことが無性に怖くなった。他人に興味をあまり持たず、寄ってきた他人とあまり関わろうとせず、それでも気にしている素振りもなく、圧倒的な才能を要らない物のように使っていた彼女を僕は理解できなかった、いや、今でも出来ていない。
「唯一無二でも検索履歴は見ちゃいけないんだ」
「どうして、私は秀の全てを受け入れるよ」
「面倒くさい彼女みたいなこと言わないでくれ」
「かのじょ…」
「そういえば昨日変な人に会ったんだ」彼女が小さくつぶやいたことを聞かなかったように新しい会話を始める。
「女の子?」
「男もいる、なんか生徒会長ってあだ名が似合いそうな男の人とロリ先輩にあった、どっちも変な人だった」
「聞いただけでも変な人ね」
「どうやら女の先輩が男の先輩をいじめて楽しんでいる様子だった」
「機会があればあってみたいわ」
「そうだな、僕ももう一度会ってみたいな」女の子に無茶振りされた時のより良い対処法がわかるかもしれないし。
凉と話をだらだらと続けていると作業は終盤に差し掛かっていた。
「あとはもう大丈夫、ありがとう」その言葉を聞き部屋に戻る、慣れないことを二日連続でしたせいかそのまま布団の上でスマホをいじって残り少くない春休みを楽しむことにしよう。
布団に入り一人になった途端に余計な思考が流れ込んでくる。少しだけ昔の話、ある程度努力もして才能も持っていたつもりなのにそれが否定されて、彼女の隣にいるのが怖くなった。
まだ昼なのにこんな嫌なことを考えるのはやめよう、楽しいことを考えろと自分に言い聞かせる。
布団から出て、昨日買っておいた紅茶を入れる、紅茶をゆっくりと飲み体に温かさを取り込んでいく。
紅茶を味わって飲む余裕が出来そうになると、隣の部屋から「ドン」っと大きな音が聞こえた。
足を全力で動かす。
整えた呼吸を自ら乱すように部屋を飛び出す。
転びそうなくらい全力で、超短距離走を走り隣の部屋のドアを大きな音を立てて開けた。
「どうした?」
全力で走ったからか、それとも焦っていたのか分からないが僕の口からはそんな言葉しか出てこない。
「大丈夫、片づけてたら本を落とした」僕の心配をよそにいつも通りクールに構えている幼馴染と本棚から落ちたであろう大量の本が僕の目に入る。
少し経つと脳が状況を読み込んでなんとか僕の思考が戻り、体が落ち着きを取り戻そうとクールダウンを始めた。
「そんなに焦って、秀はやっぱり私のこと心配してくれるんだね」
僕の様子を見た彼女はいつもより優しい顔で少し嬉しそうにそんなことを呟いた。
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