第3話 泊まりたがりの幼馴染様

 「秀、わたしおなかが減った」

 テーブルに頬をつけた生物がちらちらとこちらを見ながら言ってくる。

 「作るのはいいんだけど、あいにく食材がないんだ」

 「大丈夫、わたし近くのスーパー調べてきた」

 「夕飯まで食っていくつもり満々かよ、ちゃんと今日は家に帰れよ」

 「とまる」

 「ダメだ」

 この娘は何を言い出すんだろう、世間体というものを知らないのだろうか。


 「大丈夫、幼馴染が家に泊まるのはふつう」

 「二人きりじゃなければ、普通かもしれないけど幼馴染でも普通に考えてダメでしょ」

 「じゃあ異常に考えて?」

 異常に考えるってなんだと、思いながらやはり「ダメだ」という回答を出す。

 納得がいってないのか足をバタバタさせている。

 「布団がない」という理由を一応つけて彼女に伝える。

 「出かけた時に一緒に買う」少し間を開けて彼女が答えた。

 「いや、買うって言ったって」

 そこで僕の言葉が詰まる、下手に言い訳したせいで泊まってはいけない理由をつけられなくなってしまう。 

 「わたしがいたら秀はうれしいでしょ」

 一瞬空間が止まる。泳いでいたであろう僕の目が彼女の鋭い瞳に引きつく。とっさに顔を逸らすと、止まっていたように感じた時間が再び動き出した。

 ダメだ。この感覚に身を任せてはいけない、そうしたらいつか僕はダメになる。根拠はないが直感的に僕はその感覚が自分が持ってはいけないことを理解していた。


 「まー、今日はいろいろしたいから帰ってくれ」

 普段なら絶対に言わないであろう、適当な言葉を吐いて彼女に伝える。

 「わかった」不服そうだが、普段しつこくものを言わなかったからなのか、思っていた回答と違くすんなりと帰ってもらうことに成功した。

 「そんな顔するなよ、今日は好きなもの作るから」

 「カルボナーラがいい」

 「そんなに難しいモノ言われても」

 「秀ならできる」

 「そうか、じゃあ頑張ってみるか」

 玄関に行き、外へ出る。まだ何もついていないシンプルな家の鍵を持って凉の案内で駅前にあるというスーパーへ向かう。


 駅までのいままで通ったことのない道、ブランコと滑り台それにベンチが並んでいる小さな公園、初めて見るそういった街の風景に少し感動を覚える。

 いろいろなものを観察しながら凉についていくと、すぐにスーパーについた。

 さっきネットで調べておいたカルボナーラのレシピを見ながら必要なものをそろえていく、工程を見ていてもやはりうまく作れそうにない。凉の好物のハンバーグをリクエストされると思って好きなものを作るといったのだが、今日はどうやらカルボナーラの日らしい。


 家に帰り、たまごの固まってしまったカルボナーラをなんとか完成させた。今更になってパスタソースなどさっきまで欲しかったアイディアが浮かんでくる。

 「やっぱ難しいなカルボナーラ」

 「おいしいよ」彼女は不出来なカルボナーラを食べながら答える。

 「まあ、また作る機会があれば頑張るよ」

 その言葉を聞いた彼女は眼をパッチリさせるとそのまま食事を続けた。

 僕も自分の作った料理というには少しお粗末なものを口に運ぶ、やたらしょっぱかったり、美味しいとは言えないものだったが一人暮しの初めての食事の味は悪くないように思えた。

  

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