教会は燃えているか

 カンオケさんは小さい頃から教会へ定期的に通う真面目な信徒であった。しかし頭に「カンオケ」をかぶり出してからはまったく足を運ばなくなり、その代わりなのかどうなのか、墓地に毎日行くようになった。これに気づいた顔なじみの信徒たちの間ではひそひそ話がもこもこふくらみ、やがて食パンみたいに立派なかたちのゴシップを成した。


「カンオケさんはあんなもの被り出したから教会に破門されたんですって。かわいそうにね。私はあの人と奥方様ほど教会と信仰にふさわしい方々はいらっしゃらないと思いますのに……なんでも神父の誰かがチモンジャク夫妻がわいろを贈らないのを逆恨みしていて、いつか恨みを晴らしてやろうとずっと前から考えていたのですって」


「そうそうその話、わたしはなんとなくどの神父かわかります。でも名前は伏せさせてもらいますよ。あの『カンオケ』を見てそれ頃合いだとばかりに隠していたオオカミの牙を向いたのねえ……ああ恐ろしいおそろしい。聖職者の堕落ほどおぞましいものはありませんわ。もうわたしは通うのはとなりまちの教会にしようかと考えていますよ。でもとおいから面倒なのがねえ」


 テッポウタウンの教会関係者たちはびっくり大あわて。そりゃそうだ。破門なんてしてないし、訪問を拒んでもいなかったのだから。


「いやたしかにあんな覆面風の棺をかぶった姿で来られてもまったく困る、困るのは確かにそうですが、だからといってあの方が善良であることを疑ってなどいないし、破門などとんでもない!」


「当教会はわいろなど要求してはおりません!」


「わいろなどもらったことは記憶にございません!」


「教会のまつりごとがゆがめられたという事実は確認できません! つまりそんなことはないのです!」


「まるで皆さんは信仰を失ったかのようです。敵か味方かお前はどっちだと現代は世知辛い。これではいけません。良心的でありましょう」


 あわてすぎた教会関係者の釈明は煽り気味、火に油の食パン大量生産の逆効果。野次馬根性の放火好きどもによって教会の物理的、精神的両面の炎上、つまり裁きの日がついにきたるか、とまで騒動は大きくなった。


 カンオケさんはこの騒動を知人から聞くとすぐさま教会に連絡をとり、テッポウタウンの地方紙に声明文を掲載した。その内容は、破門されておらず教会に拒まれてもいないという事実をわかりやすく淡々と説明したものだった。


 この声明文のおかげで教会へ裁きがくだる日は未来のいつかに先延ばしされた。が、わいろの噂はくすぶったまま。教会組織の腐敗が進んでいるのは夏の行き倒れ死体なみに一目瞭然であったから、無理からぬこと。


 この教会炎上未遂騒動をのぞけばここ数年のカンオケさんまわりはおだやかだ。


 彼の日常は謎めいてはいるものの犯罪のにおいがしないので、興味深くはあっても重要度は低い。


 われらが生きるこの現世は開発発展、労働争議、経済流動がより激しくなり、熱情わき立ち騒々しい。隠遁の趣きをまとう存在は清涼剤ではありえても炉の中で真っ赤に脈打つ石炭にはなりようがない。


 しかし浮き世にはこういう人物も必要だろう。人はだれでも生活のどこかしらで他人にこころのゆらぎを与えているのに、それが透き通っていて見えないから忘れてしまう。だから彼の姿を見て感じ、思い出すことに意義があるのだ。


 死を想え。


 自分が突然に変貌しないでいられる保証は誰にもない。


 幸福な人格者のダルテさんが墓参りを日課とするカンオケさんへと変身したのは、ただ一つの事によった。妻の死である。

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