エンジニアとならずもの
首都の北に位置する地方都市テッポウタウンは工業化の波にゆられつづけている。とくに二十年前には大きなうねりがこの街を襲い、産業の機械化が一時に進んだ。
木々は大きな回転カッターに切り刻まれ、
このころのカンオケさんはすでに優秀なエンジニアとの評判があり引っ張りだこ、主に工業機械を手掛けていた。機械の製作、調整、計画立案と数多くの大事業に様々な形で関わり、家の外では大忙しの日々を送っていた。
彼の呼び名はまだカンオケさんではなく、本名のダルテ・チモンジャクで、頭にかぶっていたのはハンチング帽だった。この街生まれのこの街育ち。幼いころに両親をうしなったのに道をあやまることなく立派なスペシャリストになった男、結婚して二十年以上たつ愛妻家だ。
妻は幼馴染で名はマリア。のっぽの彼とは対照的に背が低く、やや太り気味の愛嬌ある体型の女性だ。周囲に祝福された結婚で夫婦仲はとてもよく、公私ともに順風満帆。
さて、大事業とはでっかいもうけ話とほとんど同じ意味。そしてもうけ話にかかわる人物にちょっかいを出してうまい汁を吸おうとたくらむ輩はいつの世にも生き生きとしている。そういうヤカラがわらわらいるのがテッポウタウンの恐ろしいところで、これはもう街の伝統といってよかった。
うす暗い酒場のかたすみで、「もうけ話が右往左往したあげく車輪の壊れた馬車みたいに立ち往生するのがこの街でいちばんの見世物だ」と自慢げにのたまう不届き者の多いこと。なかには「最近はどこの街でもそうなってきてこのまち独自の魅力ではなくなってしまった」と歯ぎしりしいしい悔しがるのまでいる。
煙あるところに火と罪あり。
その一方で面白おかしいだけの事件もむかしとかわらず起きているのが良いのやら悪いのやら。こちらはテッポウタウン独特のものと胸を張ってよい。そういう騒動の処理にあたるときの警官たちは苦笑いを浮かべている。
とにかくテッポウタウンでは二十年前の人々も、今とかわらぬ歯車の織りなす流れのなかにあった。気が立ってやさぐれもする。にもかかわらず、エンジニアのダルテさんと接した人間はみんな毒気を抜かれてしまうという噂がたち、いつの間にか公然たる事実とされてしまっていた。
実は彼に近しい人たちはずっと前からこのことをとっくに知っていた。彼のエンジニアとしての名声が高まるごとに世間の注目が集まりひろまって、おおやけの事実となったのだ。
そして事件は起きた。いや起きなかった。
あの邪魔なエンジニアにちょっと痛い目を見せてやれと暗黒街の顔役に命じられたならず者が一人、命令に背いて乱暴をはたらかなかったばかりか警察署に自首してしまったのだ。
取り調べに当たったこわもての警官にそのならず者が言ったのは、
「へえ、実際に会ってみますと、とてもなぐったり乱暴できるもんじゃないんで……それじゃ困るんで声をかけて話してみたんでさ。あの人はなんのうたがいもない顔で言葉を返されまして。そうして話してると、何故だかこっちの心が優しくなったんで。頼まれた事はしなくちゃいけねえ。だけどできねえ。こいつはどうにもいけねえ。それでどのみちお世話になるこちらにまっすぐきたんで」
この告白を聞かされた警官は眉をひそめ「ほんとうか?」とたずねた。ならず者は真顔でうなずくばかりで、それから後はいままでばれずにいた数々の悪事を自分から吐いて刑務所にぶちこまれてしまった。このならず者は塀の中で改心して過ごしていると伝え聞く。
もうひとつ、この事件と比べればだいぶん最近に起こった騒動をあげておこう。こちらは彼がカンオケさんと呼ばれるようになって以降の話で、彼自身も直接に手間をとることになった。
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