第22話 身近にいた相手とのやりとり

「……いつ来ても、この場所には慣れないな」


 ──8月中盤、お香の独特の香りが鼻を刺す、お盆の時期。

 暑い日射しにも負けずに、オスのセミがわんさかと好きなメスへの恋心をアピールする中、たくさんの墓石の立ち並ぶ前に僕は一人でいた。


 ネズミ色のスーツに、ワックスでバッチリと決まったオールバックの髪型。

 どこから見ても、クールでダンディな男だと言わせたい所だが、問題点が1つあった。


 今の僕はという立場で、ここに来ているということ。

 髭もろくに生えていない子供が、いくら背伸びをしても大人には敵わない。


 酒も飲めない、煙草も吸えない、ギャンブルもできない。

 外見は学生でも、中身は32のおじさんこと僕は、毎日ひたすら、この欲求に耐えていた。


 こんな欲望を餃子の具のように衣に包み、フライパンの蓋で押さえつけモードにして、僕をどうしたいのか。


(まさに気分は、ストレスがパンパンに詰まったフォアグラだな……)


 平民が愛する定番のメニューな餃子から、高級フレンチに早変わりすると言う意味不明な妄想をしながら、墓石のわきの気に生えた一本の雑草を抜き取る。

 根本まで抜けず、葉っぱの部分だけ取れた草は、まるで先の読めない人生そのものを表しているようだった。


 僕は普通に、両親の墓参りに来たのではない。

 こうなったのも、それなりの理由があった。


 ──あの後、ファミレス『マニアッグ』で鵺朱やすと食事を交えながら、詳しい話をしていた時、偶然にもフィギュア店で働いている姉の矢奈やなさんの話題になり、転生前に矢奈さんと接点がなかった僕は、思いきって鵺朱に相談をしてみた。


 少し話がしたいので一度でいいから、鵺朱のお姉さんと、二人っきりで会わせてくれないかと……。


 その発言に深く詮索しなかった鵺朱は、姉の元へと即座に連絡をとった。


 直後、僕のスマホを微動させた知らない番号。

 側で鵺朱が真面目な目つきで頷く中、緊迫した状態で通話モードにする。


『もしもし、矢奈です。妹とラブラブデート中で、お忙しいところ失礼します』

「矢奈さん、鵺朱とはそんな関係じゃないって‼」


 鵺朱が何を告げ口したのかは不明であり、僕は通話越しに、矢奈さんへの誤解を解くのに必死だった。


「ふーん、そんな関係じゃないとは?」

「鵺朱もしかめ面で近寄らないで。ガチで怖いって……」


 矢奈さんとの会話が気に触れたのか、鵺朱の顔のドアップが僕の目に迫る。


 化粧けのない健康的に日焼けした素肌。

 刹那とは違う体育会系の肌色に、僕のアドレナリンが上昇しかける。


 いや、今は別の相手と話が繋がっていて、しかも、その相手は姉とだぞ。

 何を欲情しているんだ、僕は……。


 僕は頭の中を切り替えて、矢奈さんとの会話に集中する。


「……それで会って、話がしたいんだけど」

『──じゃあ、近いうちに有休を取りますので、ここで会えませんか?』


 その通話先の矢奈さんからの指定先が、この墓地だった。

 亡くなった刹那の墓参りも視野に入れたことを含めて……。


****


 ──腕時計の時間は、約束の13時を切っていた。


 デートの約束なら、5分の遅刻だ。

 まあ、女の子は、おしゃれに化粧と色々と時間がかかるからな。

 紳士なら、ここは黙って待ち続けよう。


 彼女の生真面目な性格なら『実はドッキリでスルーでした』という、お芝居は入らないだろう。


 あれこれと思考しつつ、こんな木陰もないような所で、目の前の墓石と無言のにらめっこをしている僕。

 まあ、石相手に笑ったら、色んな意味で負けだが……。


 それもだけど、通りがかりの男子小学生が『あの人不良じゃね、墓場の前に立って、幽霊でもカツアゲするんか?』という言葉が胸にぶち当たる。

 失礼な、僕は善良な一般市民(つもり)だぞ……。


「遅くなってすみません。道が渋滞してまして」


 墓地の出入り口らしき場所からの声の主に、顔を向ける僕。


 大きな花束を持ち、茶髪のショートカットに見知った黒のビジネススーツ。

 僕の知るところでは、鵺朱の姉の瀬井手矢奈せいでやな本人に間違いない。


「あなたと会うのは数回になりますが、そんなに親しい関係ではないですよね?」

「まあ、そりゃだけど」

「そうまでして、大切な話があるのですか?」

「ああ、矢奈さんの運命を左右することが起こるからね」


 矢奈さんが名残家の墓に花を手向けた後、僕と矢奈さんは予期せぬ出来事に身構えて、ピッタリと背中合わせになり、事の発端を打ち明ける。


「……そうなのですか。でもどうして今日なのでしょうか?」

「私を殺すのが目的なら、いつでも時間はあるはずです」

「そう、それなんだよ。それに未だに犯人の目星がついてない」

「でも刹那ちゃんのファンだったら、大体の見当がつくのではないですか?」

「うーん……」


 それが分からないから僕は、こうやって敵を罠にはめるつもりでいた。

 相手はこの墓地で、矢奈さんを待ち伏せにし、命を奪おうとした。

 例の交通事故がらみの件で、刹那の命を酔っぱらい(飲んだのは甘酒だが……)の矢奈さんが奪ったからだ。


 だが、一つ気になることがあった。

 相手は本当に矢奈さんだけが目的なのかと。


 矢奈さんを狙うのなら、わざわざこんな場所に来なくても、どこでも機会はあるのではないか、もしかすると矢奈さんは囮で、他の相手が目的ではないかと。


 その相手とは、刹那が亡くなってからも、中々現れなかった人物。


 今さらながら、納得がいく。

 相手の狙いは『刹那の元彼氏』の僕だ。

 犯行に及ぶ前に『刹那が昔から好きだった相手』と、僕に言っていたじゃないか。


 だとすれば、きっとここへ僕を殺しにくるはず。

 転生前の僕は刹那が、この世から消えて、廃人のような生活を送っていたからだ。


 だけど、あの時の流れとは違う。

 最後の望みにかけたという人生。


 僕は運命に抗ってみせる。

 そう気持ちを高めながらも、矢奈さんと何気ない世間話をしていた。


 それから数分ほど歩き、僕と矢奈さんは再び名残家の墓の元に来て、今度はコンビニで買った、お菓子のお供えものを墓石に置く。


「──矢奈、覚悟!!」


 すべてのお菓子を並べた後に、万を持したのか、草むらの影から人らしき存在が素早く現れ、僕たちにハサミの先を振りかざす。

 ハサミの切り先に、白い真綿のエキスを飛び散らかせながら……。


「なっ、これはフランス人形。いつの間に!?」


 何と偶然にも、反射的に行動した僕の前を先読みしたのか、フランス人形のダディーが飛び出し、僕を庇ったのだ。

 さすがの僕もこれには驚き、胸をえぐるような感情が芽生える。


「ダディー!!」


 フードとマスクで顔を隠した人物が、人形のダディーの身を案じて座り込んだ僕の首元に、ハサミを斜めに振るう。


「何かよく分からないが、お前から先に地獄に落ちろー!」


 自分の身に危機を感じた僕は、この世の終わりを感じていた。


「優希さんー!!」


 矢奈さんの恐怖に満ちた声が頭に響く。


 最後の望みにかけたのに駄目だったか。

 僕は今回も、何もできずに死ぬのか。

 今度こそ刹那と、幸せに暮らしたかっただけなのに……。


『何をボーとしておる。このていたらくが?』


 諦めかけた思考に、ダディーの言葉が頭から聞こえてくる。


「あれ、僕は刺されたはずでは?」

『そう思ってるんじゃったら、自分の置かれてる状況をよく見てみるのじゃな』


 僕はダディーの言葉通りに、周りの状況を確認する。


 僕の首に向かって伸びている、敵の右手。

 その動作は刺さる直前で、微動だもしない。


 それだけではない。

 僕に危険を伝えていた矢奈さんの口が、大きく空いたまま静止していた。

 彼女も刹那に続き、アイドル志望のせいか、綺麗な歯並びをしている。


 いや、女の子の口をジロジロ見るのはあまり良くないし、そこはツッコミを入れる部分じゃない。


 僕はダディーの声がする方向に体を向けて、この空間の核心へと触れた。


「ダディー、もしかして時間を止めたのか?」

『いや、これはただの走馬灯じゃよ。お主は、ここで死ぬ運命になる』

「……と言うことは、結局は無駄死にで終わるのか」


 やっぱりそうか。

 何度、足掻あがき続けても、根本的な未来は変えられないのか。


『……と言いたい所じゃがの』

『実は天界にいる、ある女性から頼まれごとをしての』


『天界からこの世を眺めていた刹那がの、優希君を一度でいいから、救ってやってくれと……』

「そうか、刹那は僕のことをずっと見守っていたんだな……ごめん、ごめんよ……」


 視界が涙で歪むなか、胴体から綿のこぼれたダディーが、僕の周りをちょこまかと歩く。

 何か、奇妙な絵面だな。


『さあ、優希。時間が止まっているこの空間で、ヤツのフードとマスクを剥ぐんじゃ』

「ダディー、この機に及んで、何を言っているんだ?」

『お主には、君らを殺そうとした犯人を知る必要がある』

「何でだよ?」

『それが刹那の願いであり、想いでもあるからじゃ』

「刹那の?」

『さあ、時間がない』

「分かったよ。ええい!」


 時間が動き出す瞬間に僕は、目の前にいる人物のフードとマスクを剥ぐ。

 その瞬間、僕の手前で陽光が走った。


「お前、どうして!?」

「悪いな、優希……」

「どうして、片城かたじょうが、こんなことするんだよ‼」


 僕を亡き者にしようとした相手は、素性が判別しないように、背をなるべく小さく縮め込めていた大の親友だった。

 ただのマニアックなだけで、危害はなかった片城が、どうしてこんなことを?


「すまん。お前がオレの気になっていた刹那と恋仲になるのが、どうしても許せなかった。半分はオレの気持ち。もう半分はコウタローさんからの差し金さ」

「もしや、アイドルにさせて儲ける話だったのに、どこからか、その真意を知られたから消すというのが、真の目的か?」

「そうだ。矢奈さんさえも誘い込み、一攫千金のチャンスだったのにな」


 姿勢を正した片城が、ハサミをポロリと落とし、床にひざをつく。


「いくら逮捕され、刑務所行きにされても、誰もコウタローさんには逆らえないのさ」

「片城、だからって、こんな……」

「分かってる。取り返しのないことをしてしまったな」


 片城は、その場で顔を歪ませて泣いた。


 裏切り、嫉妬、悲しみ、絶望……。

 その言葉の通り、ここで僕を殺そうとしても、悔いのある人生になるだけ。

 僕が片城と、刹那との関係で、よく話し合わなかった末路が、片城にこういう行動をさせたのだ。


「片城、この責任は僕にもある」

「優希、でもオレは、お前たちを殺そうと……」


「そう何度も『殺そう』というなよ。親友相手に物騒だろ。自分の思い通りにならないからって、そんな短絡的行為は良くないよ」

「でもオレは……」

「ああー、そんなに深く考えるなよ。お前は、いつものように何も考えずに、フィギュアオタクやっていればいいんだよ」

「優希……ありがとな」


 僕は片城を言い聞かせながら、矢奈さんの元へ戻る。


「矢奈さん、安心して。もう事は片付いたよ」

「優希さん、彼は店の常連さんですよね?」

「ははっ、ちょっとした悪ふざけのつもりだったんだ。そんなに気にしないで」

「はい」

「それから、そこから出てこい。鵺朱!」


 ごそごそと草の茂みから出てくる鵺朱。


「にゃはは。バレてしまったね」

「何の。このお姉さんの妹だから、何かがあると睨んでな。大方、フランス人形を投げたのも鵺朱だろ?」

「うん。人形が勝手に喋りだして、祟られたくなかったら、言うこと聞けと呟かれて」

「何だよ、そのおっさん的思考は……」


 呆れた。

 ダディーよ、その発想は脅迫じゃないか……。


「まあ、そのお陰で助かったわけだけど」


 僕は床で綿の舞い散ったフランス人形の手を掴み、鵺朱の方へハンドボールのように投げる。


「わっ、いきなり何するのさ?」

「鵺朱、裁縫得意だろ。その人形直せるか?」

「えっ、うん。直せないこともないけど……」


 鵺朱がフランス人形を深々と見つめる。


「でもびっくりだな。類は友を呼ぶんだね。響も片城と一緒で、人形趣味があったんだ」

「あっ、しまったー!?」

「あはは。笑わしてくれるぜ。優希軍曹」

「いえいえ、顔に似合わず、中々の少女趣味で素敵じゃないですか」

「矢奈さんまで、僕をからかうのかよ!!」


 政治家でないとはいえ、発言には最新の注意を払わないといけない。

 そう感じさせる、昼下がりの午後だった……。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る