第20話 待ち受ける最悪な決断と最高の判断


「ボウズは行動が単純だな。こうもあっさりと見つけられるとはな」


 それは一瞬だった。

 僕の行き場を難なく封鎖したコウタローが左手の袖から己の欲望(折り畳みナイフ)をぎらつかせる。


 もはや、僕の命もここまでか……。


「ちょっとそこのあなた、何を考えてるのよ」


 そのナイフが眼下に迫ろうとした時、一人の女の子が僕達の間に割って入る。


鵺朱やす、何やってるんだよ。相手はナイフを持ってるんだ。危ないだろ!?」

「何ほざいてるのよ。鬼ごっこでナイフで人を狙うとか常識的に考えてもおかしいよ!!」


 鵺朱の胸の手前で止まる一筋のナイフ。


「何だ、女、自分の邪魔をするのか?」

「きゃっ!?」


 コウタローが眉間にシワをよせながら鵺朱の体を振り払う。


「お前、女の子を手荒に扱うな!!」

「女? 好きでもない女に媚びを売って、勘違いでもされた方が迷惑だろ?」


 ナイフを左手に持ちかえて、素早い動作で僕を切り裂く。

 寸での所で避けた僕の体がバランスを崩す。


 駄目だ、学生服ではゴワゴワして動きづらい。

 制服って万単位で意外と高いけど、丈夫な見たくれだけで機能性は重視していないからな。

 通気性も悪いから中も蒸れてるし。


「でやっー!」

「うおっ!?」


 そこを察したのか、鵺朱の強力なひざ蹴りがコウタローの左手の甲に直撃する。

 ナイフを床に落とし、当たりどころが悪かったのか、そのまま手を押さえながら、しゃがみこむコウタロー。


「何か知らんけど早く逃げて」

「すまん、鵺朱助かった。ありがとう」


「この小娘がっ!」


 すぐさま体勢を整えたコウタローがズボンの後ろから別の物を僕に向けて、素早く解き放つ。


『パーン!』


 廊下中に響き渡る乾いた音。

 気付いた時にはもう遅い。

 コウタローの右手には例の銃が握られていた。


 そうだった。

 彼は飛び道具も持っていたことをすっかり忘れていた。 


 勢い余ってまぶたを下ろす僕。

 今度こそ終わったか……。


「うぐっ……」


 しかし、なぜだか痛みを感じない。


 僕は閉じていた瞳を開けると両手を広げた刹那せつなが僕を守るように目の前にいたのだ。

 胸から赤い鮮血を流しながら……。


「ふふっ、無事ですか。優希ゆうき君……」

「刹那っー!!!!」


 僕は床に倒れ込む刹那を慌てて抱き止める。

 赤い証の水溜まりが廊下に広がっていく。


 このものすごく吹き出る血液の量は命を左右する。

 でも医学の知識があまりない僕には刹那の体温を下げないよう、抱きしめることしかできない。


「せっ、刹那!? しっかりしろ、大丈夫か!?」

「優希君……先生を呼んできて下さい」


 刹那が苦しそうに息を吐きながら僕の手を握り、僕も優しく指を絡める。

 今、恋人つなぎをした僕らはお互いの心が通じあっている気がした。


「もう……これは普通の鬼ごっこではありません。誰が見ても明らかにおかしくて……もう暴力沙汰です」

「刹那、救急車が先だろ!」

「またまた……ご冗談を。その間に相手が逃げたら……どうしますか」

「刹那、もういいから喋るんじゃない!」

「はい……ありがと……う……」


 刹那の顔から血色が失われていく。

 彼女は静かに目を閉じ、体から動きは消えていた。


「刹那? せつなー!?」

「嘘でしょ、刹那!!」


 鵺朱が刹那の頬を叩きながら反応を見るが、彼女からの反応はない。

 

「きっ、貴様ー!」

「うがっ!?」


 僕は思いっきりコウタローとの間合いを詰めて、彼の顔に殴りかかる。

 

「僕が何で怒っているのか、分かるかー!」

「ぐふっ!?」

「無関係な人を巻き込んで何が鬼ごっこだー!」

「がはっ!?」

「自己陶酔ならゲームの世界でやってろっー!」

「はぐっ!?」


 僕は怒りに身を任せていた。

 無防備な腹さえも何度も狙い、コウタローを再起不能にさせようとした。

 それくらい僕は頭に血がのぼっていた。


ひびき、止めて!!」


 鵺朱が泣きじゃくりながら僕の攻撃の手を止める。


「離せ、鵺朱。コイツには思い知らさなければならないんだ。人の命の重みというやつを‼」

「でもそれ以上やったら響も人殺しになっちゃうよ!」


 その言葉にコウタローの血で染まった拳の動きが止まる。


「あはは。気は済んだか、ボウズ……」


 顔を真っ赤に腫らしたコウタローがその場から重力のままに崩れ落ちた。


「コウタロー様!?」


 ようやく到着した碧螺があちこちと凹んだ自転車を乗り捨てて、気絶したコウタローの元へ向かうが……。


「えっ、お姉ちゃん? どうしちゃったの!?」


 実の姉の異様な光景の方が気になったらしく、刹那の名を叫ぶ。


「碧螺、ごめん。守りきれなかった……」

「何してるのよ、アンタ、お姉ちゃんのこと好きだったんでしょ!」


「「刹那、うわあああーん……」」


 碧螺と鵺朱がひとしきり泣くなか、僕は励ましの言葉も浮かばずに、この場で殺伐と立ったままだった。


「──おい、どうしたんじゃ。この有り様は?」


 そこへ、ペタペタと足音をつかせながら歩みを寄せる空気の読めないフランス人形。


「ダディーか、一足遅いぜ。刹那はもう……」


 僕は周りの目を気にしながらダディーにそっと耳打ちする。


「なっ、それはまことか!?」


 ダディーがそっぽを向き、小さい肩を震わせる。 


 そりゃ、あの古ぼけた店舗から外の世界へ連れ出してくれたご主人だったからな。

 ダディーにとっても刹那との絆は深いはずだ。


「優希、こっちへ来い」


 ダディーが濡れたままの瞳で僕を呼びつける。


「ここだけの話じゃが、少しだけなら刹那の命を保てるかも知れん」

「なっ、それは本当か!?」

「まあ、人様には見えん存在になるけどの」

「見えない? 生き返るんじゃないのか?」

「いくらワシが神でもそんな大それたことはできんわい。幽体になった彼女を呼び戻すだけじゃ」

「なるほど。幽霊だから見えないという訳か」 

「ごもっとも。まあいずれかは天界の神の命により、天国か地獄に行かねばならんからのお」


 ダディーが刹那の方を見て、切なそうな気持ちを顔に表す。


「そのどちらに行けるか審査する待ち時間がある一日だけしか引き延ばしにできんけどの。

それくらいならワシの力でもできんこともないが、どうするんじゃ?」

「ああ、お願いだからやってくれ」


 僕はダディーに想いを託すことにした。


 ダディーは碧螺たちに見えない階段の踊り場に僕を誘い、そこで何やら暗号のような呪文を唱え始めた。


 刹那、もう一度だけ会えるなら、この想い君に伝えるよ。

 君の真意を確かめたいから……。


 ──悪どいことにYon tubeを利用した猟奇殺人鬼による『狂気の鬼ごっこ』事件。

 そのコウタローは殺人未遂及び、刹那殺害の現行犯としても逮捕され、僕たちの身柄は確保された。


 全てを失い、戦意喪失となったコウタローは終始無言で、手錠をかけられたままパトカーに乗せられ、ここから去っていった。


 また恋人だった碧螺はコウタローの協力者でもあったが未成年ということもあり、母親の順子さんも同意の元、児童養護施設へと預けられた。


 後にこの事件は世間の人々の声を唸らせた。


 それからだ。

 この学校にも常時、有能な警備員が配属されるようになったのは……。


****


「11時半……やけに遅いな」


 いつもの制服のまま、近所の公園の広場で今日来るはずの来訪者を待つ。


 学校は途中で抜けてきた。

 今日も気分が悪いから早退しますと。


 そんな僕に周りの学生達は心境を感じたのか、慰めの声をかけてくる。


 ああ、そうさ。

 

 今日の僕は別の意味でも気分が悪い。

 ずっと好きだったあの娘を失ったから。


 でも今日だけは会える。

 だから勉学を避けてまでここにやって来たんだ。

 確か10時にこの場所で待ち合わせのはずだが……。


「まさか、全然関係なくてただのドッキリとかじゃないだろうな?」


 待ちくたびれた僕は近場の石を蹴りながら、排水溝にロングシュートを放つ。


 見事に溝のゴールへと落ちていく小石。

 今日の僕のコンディションは絶好調だ。


『だからすみません。さっきから呼んでいるのですが?』

「えっ?」


 僕の頭の上から女の子の声がする。

 僕の身長が170として、相手はどれだけ背が高いんだよ。


 女子バスケのリーダー的存在か?

 このまま3ポイントシュートに持ち込まれ、僕は境地に追い込まれるのだろう。


 そうビクビクしながら、首だけで振り向くと……。


『きゃっ、急に妖怪のように首だけ動かして、ビックリするじゃないですか!?』

「刹那か?」

『はい。だからさっきから呼んでいましたよ?』

「ごめん、まさか空に浮いてるとは思わなくてさ」

『まあ、刹那は死んだ身ですからし、優希君以外の周りからは見えませんし、声も聞こえませんからね。

さあ、それはそうと、今日はどこへ連れていってくれるのですか?』


 刹那が僕の腕に絡まり、デートプランの催促をする。

 今日は刹那との貴重なお出かけだからな。


 いくらモテないとは言え、こんな美少女な幽霊とデートなんて普通じゃないぞ。

 幽霊って血みどろで怖いイメージが強いからな。


「じゃあ、行こうか。それよりお腹空いてるだろ。飯にでも行くか」

『いいですね。インスタ映えしそうです♪』

「幽霊になってもSNSはするんだな」

『あの世にもいいスマホが売っているのですよ』

「何なんだ、その何でも置いてます状況は……」

『えっ、何か言いましたか?』

「いや、腹の虫の音じゃね?」

『ふふっ、よっぽどお腹が空いているのですね』

「さあ、行こう。善は急げだ」


 僕は刹那と腕を組みながら、近くにあるお洒落なパンケーキ店へと入った。


****


『うわー、美味しそうですねー♪』


 僕との向かい席の刹那が色とりどりのお菓子の飾りに包まれた一皿のパンケーキを見つめている。

 一名様で案内された僕は壁に背を向けた状態で一番奥の席に座っていた。


 初めは一人なのに二人席?

と女性の店員さんに不思議な顔をされたが、人見知りが激しいのでと説明したら、人の通りがあまりないこの席へ案内してくれた。


 物分かりのいい店員さんで良かった。

 しかもちょっと可愛かったよな。

 あの容姿からして大学生かな。


『何、このサルは刹那以外の女子に向かって発情しているのでしょうね?』

「刹那さん、ドスの効いた声で怖いっす……」


 刹那から睨まれながらも、注文したパンケーキを口へ運ぶ。


『むう、優希君だけズルいです』

「刹那も食べてみるか?」

『じゃあ、食べさせて下さい』

「はい、じゃあ、あーんして」

『あーんー♪』


 大きく口を開けた刹那にパンケーキを食べさせようとして、前のめりに体を滑らす。

 刹那に触れた途端に彼女の体をすり抜けたからだ。


『まあ、どのみち幽霊だから食べられないのですけどね』

「だったら初めから言ってくれよ? 周りのお客から笑われてるんだけど?」

『こういうのは雰囲気が大事なのですよ』

「そう言うもんかね……」


 僕は黙々とパンケーキを食べ始める。

 正面の席にちょこんと座り、イタズラな笑みをしている相手と小言を話しながら……。

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