第6章 振り向くのはあの娘なのか

第19話 世にも残忍なゲームの始まり

「さて、ここでボウズらを捕まえて、再度、牢に閉じ込めるのは簡単だが、それじゃあ、面白味がねえ。だから一つゲームをしないか?」


 いち早く僕らの中身に気づいたコウタローが、火のついた煙草を二口ほど吸い、冷静になった後、それを床にもみ消し、陰湿な方向へと話を持ちかける。

 一方で碧螺へきらは、スマホのリズムゲームに夢中のようだ。


「何、ふざけたことを言ってんだよ?」

「ははっ。何だよ、その顔は。いかにも頭がおかしい人のとして捉えたようなマヌケ面をして」

「マヌケ面の人形で悪かったな」


 僕はコウタローの言葉に、傷つきながらも反論する。

 いかに大きな人間相手だからと、なめられっぱなしは気に入らない。

 僕が人形に魂が移ったとしても、この男とはしょうに合わないようだ。


「そうだな。例えば、鬼ごっことか」

「鬼ごっこだと?」

「そう。ただし……」


 左手の服の袖から銀色に光るものを引き抜き、僕の喉元に向かって刃を尖らす。


「……生きるか、死ぬかのサバイバルのね」


 鋭い先端をぎらつかせる折り畳みナイフ。 

 それを前にして、人形の僕はビビって、一ミリも動けなかった。


 僕は、心から思い知る。

 この男には、力づくでは敵わないと……。


「ああ。条件は何だ?」


 不本意ながらも、納得した僕は緩やかに頷いた。


「良かった。ボウズなら納得してくれると思ったよ」


 コウタローが目を細めて、次の言葉を繋げる。


 ──ルールは簡単。

 この校内でダディーと一緒に逃げ、コウタローや恋人の碧螺に捕まらずに、片割れでもいいから、時間内に逃げ切ったら勝ち。

 お昼休みからスタートして、制限時間は一時間。

 次の昼からの授業開始のチャイムまでが、勝負だ。


 武器や道具を使って逃げ切ることも可能だが、それらの物は校内の物だけに限られる。


「ちなみに先生たちにはYonTubeの面白い動画を作るために、鬼ごっこを楽しむ予定と伝えてある」


「ただし、先生たちにも協力してもらう。ボウズらを見かけたら、自分や碧螺に連絡して、いつでも報告できるということをな」


「それは卑怯だぞ!!」

「うあいい!?」


 僕と息がピッタリ合うダディー。

 歳が歳だけに、このじいさん(ダディー)も不服のようだ。


「まあ、落ち着けよ。学園内を知りつくしているボウズたちと釣り合うようにしたまでさ」


「さあ、デコボココンビが並んで、昼休みの逃亡劇をお楽しみにな」


 コウタローが僕を通りすがる時、手元に一枚の紙切れを投げる。


 手にした、この学校で使える食券だった。

 食券には『カツ丼』と記載している。


「敵に勝つだけにカツ丼。無駄なあがきかも知れないが、それ食べて、精をつけてくれよ」


 敵に塩を送るコウタローに、僕は一瞬でも、あの飲み会で打ち解けあった仲を思い出させた。


「まあ、精々逃げ回って楽しませてくれよな。

じゃあ碧螺、自分は少し校内で遊んでから、うまい飯でも食いに行くから」

「はい、コウタロー様」

「碧螺も一緒に来るか?」

「いえ、ウチはお勉強がありますし、お昼はお弁当がありますので」

「そうかい」


 でも、それと今の立場は違う。

 心の中で言い聞かす。


 相手は言葉さえも巧みに操る。

 下手に干渉すれば、命はない。

 これは僕の生死が、かかっているゲームなのだと……。


「ダディー、隣で話は聞いていたよな。本来の僕の姿に戻してくれ」

「あいい。分かったぞい」


 もうすぐ次の補習授業、現代社会が始まる時間だ。


 ダディーに頭をぶつけ、元の格好になった僕はフランス人形のダディーを廊下に置いたまま、教室へと早足で移動した。


****


「何だよ、優希ゆうき二等兵。そんなにショボくれた顔して?」


 小休憩の教室内、片城かたじょうが、異変を感じ取ったのか、僕を気にかけてくる。


 思いかかったら、即座に行動に移す。

 何も考えてないようでこれだ。

 コイツはお人好しだな。


「僕、そんな顔していたか?」

「ああ。いかにも。折角せっかく好きな人と再会できたのに、相手はとんでもない変わりようだったみたいな」


 僕は座っていた椅子から飛び上がり、片城軍曹の両肩を持つ。


「なっ、エスパー片城か!?」

「何を言ってんだ、優希は? 毎度ながら分かりやすい反応だな」


 こちらからターゲットは捕捉したが、片城は何も動じない顔色で、僕を逆に捉えている。

 僕はそんな片城から、雲がない青空が映えた窓際へと目を逸らした。


「ファイトー、ファイオー!! 声出していっくよー!」

「はいっ。胸でトキメキ、ドッキドッキー♪」 

 

 女子陸上部の熱いかけ声? が、ここまで聞こえてくる。

 夏休みの補習授業でもある中、グラウンドは運動部の練習で活気づいていた。


「おおっ、体育会系美少女による、揺れるたわわ。こりゃ堪りませんな、優希二等兵」

「お前なあ、ロリコンも大概たいがいにしろよな」

「何の。優希二等兵、そこに愛があるのなら、なんじ、ロリの女神らを、こよなく愛してもいいものかと」

「旧約聖書みたいな例えはやめろ」


 僕は学食に向かうために、席を立ち上がる。

 壁時計の針は11時。

 そろそろ向かうには頃合いか。


「おい、まだ補習中だぞ?」

「心配するな。教師には伝えている」


 あっ、つい口がすべってしまった。

 こういう時に限って、勘がいいヤツだからな。


「伝えているって、どういうことだ?」

「片城には関係ないことだ」

「おいっ、待てって‼」


 案の定、直球勝負にきた片城の言葉を、のらりくらりと交わしながら、廊下へと出る。


 後ろ側で片城の呼び止めがが、気にも止めない。

 なるべくなら、無関係な人を巻き込みたくない。

 フィギュアオタクだとは言え、僕には貴重な友達の一人だったから……。


****


「いただきます」


 湯気から漂う玉子の甘い匂い、出汁を吸ってとした玉ねぎ、サクサクとした歯ごたえの豚カツ。


 それでもって、何より炊きたての白飯。

 これで一杯900円。

 学生には高価な値段だが、タダよりウマイものはない……。


 正直、このカツ丼を食べながら「激ウマー!」と、大声で叫びたくなってしまう。

 まあ、ここで叫んだら、生活指導室行きになるかもだけど。


「キーンコーン、カーンコーン~♪」


 食べ終えて、ちょうど良いタイミングで耳に届くチャイム。


 ここでようやく補習授業も終わり、昼休みの時間が開始される。

 この食堂を利用して、腹を満たして帰るのも、そのまま帰宅して、家でのんびりと食事しようとも、それは個人の自由だ。

 教師には、学生の昼飯事情を束縛する権利はない。


「始まったか」


 ただし、僕にはコウタローという男から、常に見張られている視線を感じるのだが……。


「その様子だと、どうやら元の体に戻ったようだな。食券を渡して、こうそうしたぜ。例え、鬼ごっこでも、お互いフェアじゃなくちゃな」


 うんっ、早くも人らしき気配と声がする?

 忙しかった学業から、偉く速いご到着で……って、あれ?


「さて、言葉が過ぎたか。ここいらで10分だけ待ってあげるか」


 そこに鬼はいた。

 あのコウタローという鬼が、僕の座っていたテーブルの隣の席に……。


「ノワバウワー、コウタロー!?」

「何を動揺してる?」


 動揺も何も、目の前に鬼がいるんだぞ。

 そう、僕のすぐ隣に座っているんだ。

 これで驚かない方が、どうかしてる。


「だから今のうちに逃げろって」

「じゃあ、何で隣に平然といるんだよ」

「ボウズ、そんなことにも気づかんのか?」


 コウタローの横に、木のおぼんを持った学食のおばちゃんが、いそいそとやって来る。


「はいよ、兄ちゃん。当学校名物のマグロとしらすの海鮮丼お待ち」

「ありがとな。可愛らしいお姉さん」

「あら、いやだわ。随分ずいぶんとお世辞が利くじゃないの。おませさん」

「いや、お姉さんなら、まだ十分にいけるって」

「うふふ、ありがとね」


 コウタローが割り箸を割って、石化したかのような僕に視線を戻す。


「おい、自分は見せもんじゃねえぞ」

「いや、だけどさ?」

「ボウズは『腹が減ったら戦は出来ぬ』という名言を知らんのか」


 何だ、そういうことか。

 てっきり不意打ちか何かで、狙われるかと思った。

 人間、食事中は隙が大きいからな。


「パクパク……もぐもぐ」


 コウタローが、海鮮丼を実に旨そうに口に運ぶ。

 僕もカラフルなが食べたかったな……って、そうじゃない。


「分かったなら、さっさと逃げろよ。これ食ったら、秒速で追いかけるからな」


 ようやく状況を把握した僕は、コウタローに背を向けて逃げ出した。


****


 ──どのくらい走っただろう。

 見当もつかないが、おおよそ一キロくらいだろうか。


 肺が酸素を求めて、呼吸を荒くする。

 相手はAIロボットではなく、生身の人間。

 そうやすやすとは来れないだろう。


 日頃の運動不足が祟ってか、体が悲鳴をあげる。

 少しくらい、疲れた足を休めようか。


「ここは中庭か……」


 走るのに夢中になって、こんな外れに来てしまったようだ。

 僕は辺りを確認しながら、慎重に自販機との間を詰める。

 コウタローたちは、いつどこから仕掛けてくるか、分からないからだ。


 もしや、ジュースを買った時点で警報が鳴り出し、脱兎のように逃げるはめになるかも知れない。


 それとも、この自販機のボタンに接着剤が付いていて、押したら最後、コウタローによる、凶器の扉に引っかかってしまったり……。


「……そんなお金があったら、当の昔に捕まってるよな」


 僕は、この妄想で本が書けるぞと思いながら、自販機で炭酸ジュースを買う。

 結局、事はおろか、何も起こらなかった。


「ゴクゴク……」


 何も考えず、一心不乱で飲んでいる途中に気付く。


 中身が生ぬるい。

 今は学校が夏休みだから、節電でもしているのか?

 ジュースの温度設定は内部の機械の中で、自由に変えられると聞くし……。


 何てついてないんだ。

 飲んだ後で遅いが、お金を返せ。


 僕は半分、イラっとくる。

 例え、人間相手ではない自販機でも『全額返金保証制度』に、対応して欲しい気分だった。


「おやまあ」


 不幸な事態は、それだけではなかった。

 僕の視線の先に、音楽担当の女教師の大林おおばやしが立っていたからだ。


「もしもし。ここで例の紳士が、のんびりと茶話会を嗜んでおりますわ」


 落ち着いた態度の大林教師が、赤いスマホで通話している。

 その相手はコウタローか、碧螺か。

 何もなくとも、今は逃げる方が先決だ。


「ああ、どないしましょうか。揺らぐ木の葉のように、颯爽さっそうと逃げられましたわ」


 僕は大林の会話を聞きながらも、再び校内を駆けていく。

 風をきって走る度に、心地よい爽快感が得られて気持ちいい。


「待ちなさいー!」


 後ろから聞こえてくる、別の女子の声。


「碧螺か。男の僕に対抗して、勝てるとでも?」


 僕はスパートをかけて、猛スピードで突っ切る。


 見たか、この俊足。

 世界陸上も、おったまげたもんだ。


「待ちなさいってば!!」


 嘘だろ、追いつけるわけがない。

 僕が碧螺が走る方に注意を向けると、彼女は漕いでいた。


 ピンクに彩りを映した、二輪の乗り物で……。


「なっ、自転車で追いかけてくるなんて、揃いも揃って卑怯だぞ」

「いいや。これ校内の所有物だし、マウンテンバイクで走る許可なら、とったよ」

「いや、普通に考えて、校内は自転車通行禁止だろ。ここの教師どもは何を考えてんだよ!?」


 このままじゃ捕まえられるのが、目に見えた僕は、階段を駆け上がった。


 駆け上がる反動で、心臓が弾け飛びそうだ。

 でも碧螺から吹っ切る手は、これしかない。


(いくら自転車でも、階段は昇れまい)


 三階まで登り終え、呼吸を整えるために、一息をつくが……。


「あれ、響。何やってんの?」

「優希君、汗だくですね」


 マズい場面にて、二人と遭遇してしまった。

 しかも刹那せつなプラス幼馴染みという、おまけ付き。

 こんな形で、合流するはめになるとは……。


 何で学校は夏休みなのに、こんなにも知り合いと会うんだよ。

 鵺朱やすも補習授業だということは、この高校はとんでもなくていたらくな偏差値だよな。


「こんなに暑い盛りに走り回って。ついに頭がイカれたの?」

「鵺朱、今はそれどころじゃないんだ」


 鵺朱が好奇心旺盛の瞳で、こちらを見つめてくる。


 そのキラキラなホワイトを入れたような、漫画の瞳はやめてくれ。

 僕の中身は、30過ぎのおっさんだぞ。


「優希君?」

「刹那も、お口チャックして」

「えっ、チャックリンがどうかしました?」


 だああー、二人揃って、話かけるな。

 僕は逃げないといけない立場なんだ。


「悪いが、今は話している時間ないんだ。また今度な」

「うん。Yon tubeの動画作りだよね。頑張ってね」

「鵺朱、知っているなら、呼び止めるなよな!?」

「きゃはは。真面目な顔、似合わねー」

「おいっ、顔は関係ないだろーが!」


 もうこれ以上は付き合いきれない。

 僕はからかう二人を、そっちのけで走り出す。


 その理由として、既に後方からコウタローに追われる身となっていたからだ。


 

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