第16話 そのアイテムに導かれた矢先
「その様子じゃと、無事に現実世界に戻れたようじゃな」
「ダディー、何でこんな場所にいるんだよ?」
「何でも何も、ワシは元はこの店で売られていたんじゃよ」
「そうか。それで
「いや、そりゃちょっと違うのお。おっ、こっちに来たみたいじゃ」
「おい、まだ質問に答えてないぞ!」
「……」
人の気配を感じたのか、途端に人形のように黙りを決めるダディー。
「
「のうばうわぁー、刹那!?」
スケート選手の大きな大会で得点の入らない裏奥義『イナバウワー?』の台詞と同時に体ごと振り向いた先には、刹那が目と鼻の先にいた。
スッゴく近い。
彼女は近くで見ても愛らしい。
化粧っけのない美しさに心を奪われる。
……というか、僕の通う高校は校内では目立つメイクは禁止だ。
まあ、学校帰りだし、色気より学業を優先する高校生だからすっぴんか。
それはともかく、この状況はヤバい。
少しでも動くと放送事故(キス)しそうな距離感だ。
これはチューなのか、ブチューンと熱い口づけをされるのか?
待ってくれ、まだ心の整理がついてない!?
「変な優希君ですね。あっ、それより、
刹那が僕から身を少しずらし、戸棚の上にある人生の先輩=ダディーに手を伸ばす。
彼女の温かい吐息が耳にかかり、僕の緊張のメーターが壊れそうになる。
何だ、僕に気があるんじゃなかったのか。
自分の思い違いだったその動作に動揺の鼓動がはち切れるほどに鳴っていた。
ハズいな。
この音、刹那やみんなには聞こえてないよな?
「刹那はこれがいいです」
「えっ、こんなフランス人形でいいの?」
「はい、だって可愛いじゃないですか」
鵺朱が背中に付いているタグを覗いている。
「可愛いって言ってもこの子、男の子と書かれてるよ?」
「最近は男の子でも可愛いのが流行りなのです。男の
なるほど、刹那は男おんなに興味があるのか。
僕も腰まで髪を伸ばしてみようか。
いや、手入れが大変で毎朝起きたら、いつも頭が爆発しているのがオチだな。
そんなことしていたら学校に遅刻する。
清潔感のある服装、ナチュラルメイクに、サラサラな髪型。
勉強と隣り合わせで、恋する乙女は常に忙しい。
「分かった。じゃあこっちにちょうだい。会計すましてくるから」
「はい、お願いします」
刹那がダディーの体を持ち上げ、鵺朱に手渡す。
「来週は刹那の誕生日なのですよ」
「なるほど。話の意図が見えてきた。いつもはケチな鵺朱なのにな」
「優希君はデリカシーがないですね。鵺朱ちゃんはそんな人ではないですよ」
大切な友人のせいか、鵺朱を守るような立場になる刹那。
とても、冗談を言っている様子には見えない。
それどころか多少なりにも怒っている顔つきにも見てとれる。
「ああ見えて、鵺朱ちゃんはとても優しくていい人なのですよ。女心が分かっていませんね」
「ごめん」
「まあいいですよ。所で優希君は私への誕生日プレゼントはないのですか?」
「ああ、そっ、そう、今日の帰りに買いに行く予定なんだ!!」
再度、心臓がバクバクと脈打っている。
アブね、刹那の誕生日のことなんてすっかり忘れていた。
転生する前に彼女の誕生日を記した卓上カレンダーでも持ってくれば良かった。
あんな世界にあればの話だけど……。
「あっちゃー、フランス人形って案外高いんだね。お金足りないわ」
「いいよ。オレと割り勘して払おうぜ」
レジ前でピンクの長財布の中身を見て、困り果てた鵺朱に助け船を出す
「おおっ、優しいじゃん。やっぱり持つべきものは友よね♪」
「いいってもんさ。目の前の困っている美少女を助けられない男の方がどうかしてる」
「片城やさしー、ありがと♪」
鵺朱が両手を合掌させて、紳士な片城にお礼を伝える。
そんな鵺朱が期待と感動を表す中、ぱかりと青のがま口の財布を開ける片城。
「ありゃ、500円しかねーや?」
片城が小さながま口に目を近づけて不思議がり、開け口を逆さにして揺すり、何度も中身の確認をする。
だが、がま口からは、その500円玉以外、一銭も出てこなかった。
「オーノー!?」
「やっぱ、前言を否定するわ……」
理解不能な語源を発し、地面にひざをつき、視界を閉じて頭を左右に振る片城。
そんな変わり果てた
「
「まあ、こんなフィギュアに情熱(お金)を注いでいたらそうなるよな。でも僕もそんなに持ってないよ」
僕は鵺朱にそそのかされ、茶色の折り畳み財布から一枚の五千円札を出す。
「そんだけあれば十分だよ。誰かさんと違って大違い」
「だな。毎日どんな生活をしてるんだろうな」
「フィギュアに食べさせてもらってるんじゃない?」
「いや、普通は人形って動かないから」
無論、ダディーを除いてだけど……。
「二人揃ってひでーな。オレの基本的人権の尊重は無視かよ」
「お前、人間だったのか?」
「だから、響。その宇宙人設定はやめろ」
こうして、二人してお金を払い、フランス人形は刹那の手元へと渡った。
「少し早いけどお誕生日おめでとう、刹那」
「ありがとう。鵺朱ちゃん」
普段はクールなのに、今ばかりは喜びを隠しきれない刹那。
ダディー自身も喜んでいるようだ。
男の娘でも中身はエロに興味津々なじいさんだからな。
人間の僕と魂が入れ替わった時、ロボットのような片言な発言になるのは謎だったけど。
あれは演技なのだろうか……。
「さあ、帰りましょうか」
刹那がダディーの入った茶色の紙袋を持って外へ行こうとした瞬間、僕はキラリと光る何かを発見した。
「優希君、いきなり立ち止まってどうかしましたか?」
「悪い。刹那、みんな……。先に帰っててもらえるか」
「ええっー!? 響は相変わらず付き合いが悪いね」
いかにもボッチらしい言葉に難癖を付ける鵺朱。
「すまんな」
「あれ、珍しくボクの発言に反抗して来ないんだね?」
「それだけ成長したということさ」
「ふぅーん……」
鵺朱が僕の制服をジロジロと見ながら、怪しげな笑みをこぼす。
「まあいいわ。できるだけ早く来てよね。これから刹那の誕生日を兼ねた食事会なんだからさ」
「ああ。もし行けなかったらごめんな」
「えっ、ちょっと響、それってどういうこと!?」
僕は鵺朱の言葉を最後まで聞くまでもなく、店の奥へと進んでいった。
****
「確か、ここら辺から光が見えたような……」
床に無造作に置かれた段ボールの山から光源の正体を突き止めようとするが、こんなに沢山フィギュアがあったら、何がどうだか分からない。
でも普通はフィギュアには光り物は付いていないはず。
それにあの光には見覚えがあった。
そこが気にかかったのだ。
「あの周辺はまだだったよな」
日の沈みからして夕方。
徐々に暗くなりつつある店内で覗いた自身の腕時計はもう18時。
周りの段ボールに気を払いながら、更なる奥のフロアへと足を運ぶ。
しかし、そこで背中に冷たくて固い物が当たる。
「探し物はこれでしょうか? 優希さん?」
「その声は矢奈さんか?」
「いけませんね。お店の商品を勝手に漁りまして。悪い子はお仕置きですよ」
カチッという金属音とともに、僕の体が少しだけ前のめりになる。
その反動に思わずキツく目を瞑る。
「うふふ。冗談ですよ」
矢奈が僕の前に回り込み、手を開いて例の物を見せる。
「やっぱり拳銃の光だったか」
正体が掴めた僕は、改めて矢奈さんの手にある拳銃をマジマジと見つめる。
本当に見た目が小さい代物だ。
女性の小さな手でもすっぽりと包み込めそうなサイズ。
護身用にはちょうどいいが、なぜこんな店にあるんだろう。
「心配には及びません。弾薬は入っていませんから」
「いや、それにしても何で?」
「最近の世の中は物騒ですからね。何かしらの備えはしておきませんと」
「何でだよ……」
「優希さん?」
僕はこの拳銃を知っている。
そう、前回僕が命を奪われた拳銃。
色も形もあのフォルムと一緒だったのだ。
こんな偶然があっていいものか……。
「優希さん、私からも聞きたいことがあります」
矢奈さんが僕の両手をふくよかな胸に当て、僕を問いただす。
「なぜ、この店に拳銃があると思ったのですか。まるで前からこの現物を知っていたような流れでしたが?」
「いや、たまたま偶然で」
「それにさっき刹那ちゃんが買おうとしていたフランス人形の前でも何かを呟いていましたよね?
その後で刹那ちゃんがそのお人形を買って。
まさに初めから何もかも知っているような素振りでした……」
「それもたまたまだよ」
何とかはぐらかそうにも彼女は意を決して僕の領域に踏み込んでくる。
「もしや、あなたは未来でも読めるのですか?」
鋭い点に食い込んでくる矢奈さんの疑問。
でも僕はこのことを話す訳にはいかない。
さあ、どうやってこの場を切り抜けるか。
ハエのように小柄な脳ミソでも、妥当策を考えるんだ。
「矢奈さん、この拳銃は誰から貰ったの?」
僕は会話の主導権を握るため、話の方向性を変えてみた。
「えっ、それは……」
「僕には言えないことかな?」
僕の両手を握っていた手を離し、先ほどの強気な態度から一変する矢奈さん。
急にどうしたのだろう。
矢奈さんが肩を縮めながら怖じ気づく。
まるで何かに怯える小動物のよう動作。
彼女は何者かによって脅されているのか?
「ひょっとして、コウタローさん?」
「えっ、どうして分かるですか?」
「うーん、大人の勘というものかな」
「高校生がなに背伸びしているのでしょうか?」
「まあ、高校生にも色々あるのさ……」
まさに、ここに未来から戻ってきた名探偵コシアンのように……。
「彼は今、どこにいる?」
「優希さん、もしや……」
「ああ、コウタローさんにあって直接、話をしてくる」
「でも、もう外は夜で暗いですよ」
「なーに、すぐに終わって手作り料理でもご馳走してから帰るよ」
こう見えて僕は意外と料理が作れる。
若くして親を亡くし、今までの一人暮らしが功をなしたのか。
「さあ、コウタローさんの居場所を教えてくれ」
「はい。携帯は持っていますよね?」
「ああ、スマホなら」
「では、それに地図データを送りますね。でも何があっても責任はとりませんよ」
「あはは。相手はヤクザみたいな口ぶりだな」
「いえ、地位で言えばヤクザより上かも知れません」
「ガチかよ」
マジ、コウタローさんって何者だよと心の奥で震えながらも決意を固める。
転生のチャンスは今回限り。
僕は今度こそあの狂った未来を変えなければいけない。
もう誰も悲しまないように……。
「優希さん、足元も暗いですから、どうかお気をつけて」
「ああ、矢奈さんありがとう」
「どういたしまして」
夏とは言え、夜の空気は肌寒い。
僕は矢奈さんにお礼を告げ、気崩していた制服を着直しながら、スマホの地図情報を頼りにコウタローさんのいる所へと向かった。
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