第5章 願いよ届け、転生に賭けた望み

第15話 フィギュアを愛する男に連れられて

****


「それで、その彼のことをどう思ってるの?」

「えっと、刹那せつなはですね……」

「頑張ってね。その恋が実るのを、ボクも応援しているから。男なんてチョロいもんよ」


 セミの鳴き声に乗じて、昔懐かしの高校生の情景に、馴染みのある会話が耳を通じてくる。


 この声からして、刹那と鵺朱やすか。

 僕が刹那と出会う以前から、二人は仲が良かったもんな。


「あのさあ、ひびき、何で、こんな廊下で寝てるのよ?」


 鵺朱が寝転がった僕の正面に立ち、何やら言葉にトゲを絡ませてくる。

 黙っていれば、奥ゆかしい美少女に見えるのにな。


「僕がどこで寝ようと、鵺朱には関係ないだろ?」

「関係あるよ。だってボクは……」

「まあ、お陰さまで、いい水玉パンツを見させてもらったけどね」


 僕の素直な反応に、鵺朱の顔が、みるみる赤面する。


「なっ、スケベ! この無自覚男が!!」


『ペチーン!!』

「ぐほっ!?」


 鵺朱が制服の紺のプリーツスカートを手で押さえ、持っていた英語の教科書で、僕の顔面を叩く。

 なにわハリセンのような、歯切れのよい音がした。


「痛いな。このイケメンに対して、その攻撃は罪だろ?」

「どこがよ。似合わない台詞、吐いちゃってさ。鏡で、自分の顔を見てから言ってよ!!」


「クスクス」


 鵺朱の後ろで刹那が、口元に手を添え、お上品に笑っている。


「ああ、お見苦しい所を見せてごめんね。ちょっとやり過ぎちゃったかな」

「いえいえ、優希ゆうき君は、セクハラをしていますので、天罰かと思えば」

「だよね。人様の下着を見ちゃった最低男だもんね」


「うぐぐ……」


 そこまで追及されると、身も蓋もない。


 二人の女子から必要以上に責められ、僕の頭の中では『混乱』の二文字が弾けていた。


「三人ともお邪魔さーん♪」


 そんな僕のパニックに無神経に現れる、片城かたじょう星人。


「お前は、宇宙一の暇人なのか?」

「可愛い女の子二人を待たせているのに暇人とか言う、宇宙人設定はないだろ?」

「いや、待ってもないから」


 僕の鋭いツッコミと、心の声を柔らかく受け止める片城。

 見かけの薄情さと違い、中々の発言力を持つ。


 まあ、分かりやすく言い換えたら、ただのナンパ野郎なんだけどね。


「それで、彼女らに何の用だよ?」

「そう。それなんだよ、兄者。ひそひそ……」


 片城が僕の首に腕をかけ、耳元に語りかけてくる。


『……何だよ、気持ち悪いやつだな』

『……まあ、そう言うなよ。悪くない話だと思うからさ』


 彼の片手には雑誌が握られていて、表紙を飾るのは、グラマーな黄色い水着を着た、腰まで長い金髪の緑の瞳の少女。

 その写真の美少女アニメのフィギュアが、豊かな胸元を寄せて、エロチックなポージングを決めていた。


 この二次元大しゅき、ロリコン男子め。

 あれ、でもこの展開はどこかで……。


「まさかこれから、あのフィギュア専門店に行く気か?」

「ごもっとも。よく分かったな」

「片城の考えは、お見通しなんだよ」

「おおう? ということは、オレたちは?」


 ささっ。

 片城ので、半径三メートル先に遠ざかる僕。


「きっしょ」

「ひでー、それはないっしょ!?」


 僕が拒絶の反応をすると、片城は切なさを溜め込んだ瞳で、僕の足に泣きついた。


「本当に仲良いですね。お二人さん」


 しまったぁぁー。

 刹那がいるのも忘れて、つい、いつものように、はしゃいでしまった……。


「この二人は、いつもこうよ。よく言う腐れ縁とか言うやつ」

「へえー、そうなんですね。では、刹那たちは、お邪魔みたいですね」

「とか言いながらも、実は自分も絡みたいんじゃない?」

「もう、鵺朱ちゃんは意地悪ですね」


 何やら恥ずかしげな刹那が、鵺朱の背中に猫パンチの連打で答える。


「それでお話し中のところ、すまんっすけど……」


「……みんなで、夢と希望を追いかけてみませんか」

「えっ?」


 片城が持っていた雑誌を、刹那の手元にポンと渡す。

 刹那はその表紙の内容が掴めず、氷像のように固まっていた。


『なっ、何言ってるんだよ。気でも狂ったか、片城!? マニアックなフィギュア店に女子を誘うなんて!?』 


 僕は片城の腕を掴み、女子組に悟られないように、廊下の隅へと移動する。


『何だよ、優希。これはチャンスだぜ』

『はあ?』

『好きな女の子には、己の性癖も知ってもらわないとな』

『フィギュアオタクは、お前の趣味だろ!?』


 もう、コイツには何を意見しても無駄だ。

 片城から逃げの体勢を取り、教室へと引き返す僕。


「おい、逃げるのか?」

「ああ、あの二人に勘違いされて、至らぬ被害を受けたくないからな」

「そっか。来ないと、きっと後悔するぜ?」


 片城が舌を舐めずりながら、女子二人を取り囲もうとする。


「二人がどんな姿になっても、後悔するなよ?」


 僕は想像と妄想との境目に差しかかり、思わず息を飲む。


「まさか、彼女らを巻き添えにして、お人形さんごっこを企む気か?」

「へへっ、いい反応だな、優希軍曹。お察しが早い」


 片城が両手を擦り合わせて、エロくて、細長い目つきに早変わりする。


「冗談じゃない。やっぱり、僕も行かせてもらう」

「へへへ。そうこなくちゃな、優希軍曹」


 交渉成立。

 軍曹のクセに下っぱの片城の口車に、まんまと乗せられた僕。


 しかし、この後、フィギュアショップの店内にて、とんでもない真実が待ち構えていたのだった……。


****


 平屋の瓦屋根にくくりつけられた、『フィギュア満開堂』と、書かれた看板。

 今にも突風が吹いたら、勢いで飛んでいきそうに錆び付いた看板で、そのせいか、周りの建物からも浮いて見える。


 その見るからに怪しい名前に招かれるように、入店した僕ら。


 ここには片城と何度も来ているフィギュア専門店なのだが、毎度ながら気付いたことがある。


 どこから調達しているのか不明だが、毎回、人形のラインナップが違うのだ。


 ちょうど汚れた空気を、新鮮な空気に入れ換えるみたいな感覚。

 その時の旬によって、変えるのは分からないでもないが、店内の人気の無さといい、そうまでして売れている理由が見えてこない。


「こんなに、しょっちゅうマニアックな人形を変えていたら、赤字経営にならないのだろうか?」

「ちっちっち。甘いな、優希二等兵。少しでも古い商品はネットで売りさばき、常に最新の商品を展示しておかないと、この人形界でも生き延びていけないのさ」

「何で軍曹から、二等兵に僕の階級が下がっているんだよ」  

「人形界では、愛らしいフィギュアに毒のあるツッコミをいれると、イレギュラー扱いになるのさ」

「僕は当たり前のことを、指摘したまでだけど?」

「いやいや。言っていいことと、悪いことの区別くらいできるだろ?」


 この暴走機関者は、何をほざいているんだ。

 僕は額を押さえながら、片城から一足退く。

 しばらく人形から遠ざかり、一人になりたい気分だった。


****


「あら、いらっしゃいませ。お客さんですか?」


 休憩がてら、店の外に配置している自販機で、僕が飲み物を買おうとした時、青のツナギを着た一人の女性が、こちらに足を向ける。


 年齢からして、20代くらいだろうか。


 片手には白いフルフェイスメットを手にしており、もう片方の肩には、数十枚の書類が入った白い手提げバックを抱えていた。


 ぱっと見た目は、新聞配達員に見えなくもないけど……。


「何ですか。僕は新聞の契約はしませんよ」


 きっぱりと、勧誘をお断りする僕。


 こういう時は、相手につられてはいけない。

 向こうは新聞を売ることを、糧とするセールスマンだ。

 売り上げと利益のためなら、何だってしてくる輩なのだから。


「あはは、何を言っているのですか。

この書類は、お客様の家に、フィギュアを配達をした証拠となる領収書です。私は、このお店のアルバイトをしている者ですよ」


 大きな胸を突き出し、ツナギの胸元の会社名『フィギュア満開堂』のロゴを見せる女性。

 ショートカットの赤髪が風に揺られ、ほのかな甘いバニラの香りがする。


 僕はその目尻を緩ました表情に、自然と懐かしみを感じた。


「もしかして、矢奈やなさん?」

「えっ、どうして私のお名前を?」

「あっ、いや、その胸に付けているネームプレートに『やな』って名前が書かれているからさ!?」


 僕は焦って弁解をするが、苦しい言い訳に過ぎないか。

 もし、その名札が付いてなかったら、即刻、怪しい人物確定だった。


「そうですか。所で、お一人様ですか?」

「いや、友人たちと来ていてさ」

「その制服のワッペンは小田屋金名おだやかな私立高等学校のものですよね。もしかして、私の妹も来てますか?」


「妹、そう言えば……」

「アロハー、矢奈お姉ちゃん♪」


 あれこれと考える暇もなく、僕の脇から飛び出してくる、元気娘なオーラ全快な鵺朱。


 姉の矢奈さんと髪色と髪型も同じだが、この時代の矢奈さんが赤髪ということは、大人の僕と出会った彼女は、茶髪に染めていたのか?

 わざわざ矢奈さんは、何でそんな手の込んだことを……。


「もう、鵺朱。ここには来たら、駄目って言ったでしょう?」

「いやぁー、どうしても矢奈お姉ちゃんの仕事ぶりが見たくて」

「だからって、来ていい理由にはならないでしょ? お姉ちゃんは鵺朱に、マニアックなヲタク趣味が染み付いてしまったら困るのよ」

「じゃあ、何で矢奈お姉ちゃんは、ここでバイトしてるの?」

「近場で時給がいいからに決まって……って、何を言わすのよっ!」


 矢奈さんが鵺朱の対して怒っているようだが、僕から見たら、じゃれあいにしか映らない。

 だって二人とも、心の底から喜びを浮かべていたから。


「じゃあ、矢奈店員さん。本日のおすすめとかあるかい?」

「片城、その発言じゃ、居酒屋だって」

「ほお、優希鉄砲玉は未成年なのに、酒場に行ったことがあると?」

「鉄砲玉って、何でヤクザのチンピラ階級になってるんだよ?」


 僕は言葉を濁しながら、何とか、この場を切り抜ける。


 正直、居酒屋は週1で通っていた記憶がある。

 ただし、それは成人になった後の記憶だけど……。


 今の僕は、過去に転生している高校生だ。

 この世界のみんなには、迂闊うかつなことは喋れない。


「仕方ないですね。お店の中を案内しますね。皆さん、ついてきて下さい」


 矢奈さんが吹っ切れた顔で、僕たちを店内に向かい入れる。


「お姉さんのためなら、例え火の中、水の中~♪」


 一方で片城も、エロの化身へとなりかけていたが……。


****


 狭苦しい部屋に、ところ狭しとガラス棚の五段ラックに陳列された、色とりどりのフィギュア達。


「こちらは主に、美少女アニメのフィギュアがメインとなっております」

「オレは矢奈さん自体を、そのまま縮ませたフィギュアだったら、即決なんだがな」


 矢奈さんの丁寧な案内に、片城がヤホーオークションのような語り口になる。

 あのさあ、人身売買は立派な犯罪だぞ。


「しかし、いつも思うんだけど、フィギュアって結構値が張るよな」

「そりゃ、魂を込めて製作してるからな。血と汗の結晶というもんさ」

「人形に魂ねえ……」


 僕は緑の髪に青いドレスを着た、美少女フィギュアに張られた値札をチラ見して、絶句する。


 10パーセント割り引きで、二万超えだと……。

 ここのお客の金銭感覚は狂っている……。


 片城は、いつもこんな高価な買い物をしているのか?

 夏目ソーセキの小説ならぬ、セレブめ……。


『おい。そこのお客さん……』

「んっ、僕を呼ぶのは誰だ?」


 そんな想いを抱え、フィギュアの前で膠着こうちゃくした僕の背後から、年配の男性の声が伝わってくる。


 もしや、別の店員だろうか?


『こっち、こっち』

「あっ、お前は!?」


 何事かと振り向いた先には、あのフランス人形のダディーが、茶色の木製の陳列棚の上から、僕を手招きしていたのだった……。

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