第12話 大人になった刹那との再会
「いらっしゃいませ。お人形さんと一緒で2名様ですか?」
おっとりとした営業スマイルで僕らに話しかける若い女性店員。
フランス人形に転生した僕は矢奈さんの運転する車に連れられて居酒屋『のれん
お酒とは縁がある僕でも、このようなお洒落な居酒屋は初めてだ。
何というか古い長屋の和室をそのまま店にしたかのような
まあ、お金がなく貧乏人な僕はこのような場所には来ない前提だけど……。
居酒屋は以外と値が張るからな。
「おおっ、きたきた。やなぴー!」
茶髪のロン毛でテンション高めのあごひげを伸ばした男性が僕らのいるフロアに飛び出し、
人形の鼻からでも分かる酒くささ。
困り果てるくらい酔ってるな。
「……て、ことで店員のねーちゃん。この美女とフランス人形、オレの客だから拐っていくから」
「はい。どうぞごゆっくり♪」
酔っ払いが矢奈さんの肩に馴れ馴れしく手を回し、奥の部屋へ連れていこうとする。
「いえ、自分で歩けますので」
その置かれた彼の手を振り払う矢奈さん。
「相変わらず飲み過ぎですよ。それにその女癖もなんとかした方が身のためですよ」
「やなぴーもつれないねえ」
「その呼び方やめてもらえますか」
「ほいほい。分かりまちた」
肩をすくめ、オーバーにがっかりした対応をとる男性。
「それとねーちゃん」
店員の後ろからひょっこりと顔を出す男性。
「はい、ご注文でしょうか?」
何も知らない無垢な店員がそのスマイルの矛先を酔っ払いへと向ける。
「ああ。目に入れても痛々しくて愛らしいねーちゃんをオーダーするぜ。ねーちゃんの名前とLINAをオレに教えてくれや。最近、ご無沙汰だからさ」
今度は店員の腕に手を回す男性。
おまけに絡み酒とは。
最悪の酔いのパターンだな。
「
「何だよ、コウタロー。今いいところなんだからさ」
「嘘つけ、その相手はビビってるじゃんか」
「ああん、そうなのか、ねーちゃん?」
「あっ、あの……」
睨みを効かせる相手に店員は涙目になり、無言で助けを求めている。
それよりもちょっと待て、見た目が仙人みたいなコイツ、片城って呼ばれていたけど。
「お前はあの片城なのか?」
「いかにもオレはよい子も黙る
あっ、しくじった。
人形という立場を忘れていた。
「フィギュアにしろ、人形にしろ、最近の物はよくできた作りだよな。どういうカラクリなんだ?」
片城が矢奈さんから僕を奪い取ろうとする。
「そんなことどうでもいいでしょう。早く席に戻りますよ」
「はひっ、そんな殺生なー!?」
うまいこと、矢奈さんが僕への関心を反らせながら、困惑する片城を飲みの席に連れ戻す。
さすが、熟女。
男の扱いに手慣れている。
「あの、大丈夫?」
「あっ、はい。ありがとうございます」
片城は部屋の隅へと追いやられ、女性店員の元に戻ってきた矢奈さんは傷心の店員を励ましていた。
ほんと、矢奈さんはいい人だな……。
****
ガヤガヤとする店内で僕は張りつめていた糸が切れそうだった。
うかうかと喋れないゆえに人形でいること自体がこんなにも神経を使うとは……。
部屋ごとに仕切られた畳部屋の室内では、矢奈さんと彼女が見知った男2人を合わせた3人が晩酌を楽しんでいる。
黙々と飲む片城の隣にいるスポーツ刈りで白いYシャツに、青のジーパンのラフな格好でガングロに日焼けをしたがたいのいい男。
コウタローと呼ばれた相手が矢奈さんと何かしらお喋りをしている。
その親しげからに、どうやら仲のよい飲み仲間らしい。
てっきり飲み会だから合コンかと思った自分が恥ずかしい。
一体、こんな酒の席で何を話しているんだろう。
そこで矢奈さんの足元に座っていた人形の僕は、二人の会話に静かに耳を傾けてみた。
「いいのかい。こうしている間も
「ええ、いいのですよ。『お姉ちゃんは鵺朱の代わりに夢を追いかけて』と言われましたし」
中ジョッキに入った生ビールを一気飲みするコウタローさん。
いくらカクテルよりかは酔いにくいとはいえ、そんなに勢いよくガブガブ飲んで平気なのか?
「かっー。そんな大それた言葉、刹那ちゃんにも聞かせてあげてえな」
コウタローさんが空のジョッキをテーブルに無造作に置き、シャツのポケットから一枚の古びた写真を見せる。
僕の視点からでも見える写真の女の子に背中が一瞬凍りついた。
その女の子は、あの
碧螺は僕の知りえる
片方の手には竹のような筒を持ちながら……。
そんな写真のバックには桜の咲いた風景が写り、彼女から少し離れた立て看板には卒業式の名称。
懐かしいな。
確か僕もその日はバイトを休んで、碧螺の卒業式に駆けつけたな。
僕の本意をくみ取った碧螺から、もうその頃には刹那はアイドル活動に専念するためか、家を出ていった後だと聞かされたけど……。
その時に球児男子のような丸刈りスタイルのコウタローさんと言う彼氏を写真で紹介してくれた碧螺。
髪型は違えどどことなく、そのコウタローさんの面影に似ていた。
そう、今、目の前にいる写真のコウタローさんとそっくりなのだ。
これはただの偶然だろうか?
僕はコウタローさんにカマをかけてみることにした。
「ようよう、碧螺の彼氏さんよ」
その言葉にピクリと反応するコウタローさん。
「うん、矢奈さん何かな?」
「いえ、何でもありません」
意外な彼の行動に矢奈さんは額に嫌な汗を浮かべていた。
『あなたは私に対して、何か恨みでもあるのですか?』
矢奈さんが僕に顔を近付け、ヒソヒソと言葉を紡ぐ。
ああ、彼女は間近で見ても美しい。
僕は高鳴る鼓動を抑えながら、冷静に会話を繋いだ。
『恨んでないさ。むしろ誇っている。美人女優の膝の上だからな』
『人形の癖に何たる失言を……はぁ……』
矢奈さんがこめかみに指をつけて、小さなため息をついた。
「碧螺の胸は柔らかくて、さぞかしいい感触なんだろうな」
「ちょっとダディーちゃん!?」
矢奈さんがテンパりながら、僕の体をきつく抱きしめる。
「矢奈さん。さっきから何だい? 自分と碧螺との恋人関係をおちょくっているんかい?」
「ち、違います。ダディーちゃん、おイタが過ぎますよ‼」
おイタどころか、こんなに締められたら声も出ないのだが……。
「何、人形と話をしてるん?」
「ダディーちゃん、こちらから話したら無視なんて酷いですよ」
この男性の反応からして、碧螺の彼氏であることは証明された。
後は流れるままに人形のふりを演じていればいい。
一方で矢奈さんは真っ赤な顔で弁論大会のスピーチのような状態になっていたけど……。
****
「ごめんなさい。お待たせしまして」
僕の耳に懐かしい声が聞こえた。
ソフトで伸びやかな声色に控えめな声量。
間違いない、この娘は……。
「よっ、待ってたよ。酒の肴も旨くなる本日の主役!」
「もうコウタロー先生、既に酔ってません?」
黒のカーディアンを羽織り、赤のドレスを着込んだ黒いロングヘアーの女性は多少は歳を食ってはいたものの、昔と雰囲気は変わらず、僕の視点からでも分かる相手で間違いなかった。
あの刹那が……僕の目の前で生きている。
その想いに僕の心が高揚感で溢れていく。
瞳から零れた涙は瞬く間に矢奈さんの膝の上を濡らした。
「あらまあ、ダディーちゃんったら」
矢奈さんが胸ポケットから出したハンカチで人形の僕の涙をそっと拭う。
「何、ダディーちゃん泣いてるの?」
「よほどせっちゃんに会いたかったのですね」
「いつも家で顔を会わせてるけどね」
刹那がよしよしと僕の頭を撫でてくれる。
とても心地よく気持ちいい触りかただ。
「刹那ちゃん、今日はタクシーで来たんだろ。生ビールでいいかい?」
「はい。ありがとうございます。いただきます」
「後は悪酔いを防ぐためにおつまみと……」
コウタローさんがテンポよく注文を頼み、刹那のテーブルに次々と料理が運ばれていく。
鳥の唐揚げに枝豆、タコの酢の物、肉じゃがに冷やっこ。
どれも作りたてで美味しそうだ。
そういえば最後に僕が食事をしたのはいつだっただろうか。
こんな料理を前にしても空腹を訴えない僕のお腹。
こうやって和気あいあいと食卓を囲む日々はやってこないのだろうか。
ちなみに忘れ去られた片城は部屋の片隅にもたれ掛かって酔いつぶれて寝ていた。
「コウタロー先生、矢奈プロデューサー兼
マネージャー。いつもすみません」
「何を遠慮しているのですか。明後日はせっちゃんのメジャーデビューでしょ」
「そうやで、売れっ子のアイドルになるんだから、どしと構えとけばええ」
深々と頭を下げる刹那を優しく出迎える二人。
しかし、矢奈さんもアイドルなのにプロデューサーにマネージャーと、影でもよく働くなあ。
「……そうなんだけど、いまいち、その
刹那が顔を赤らませ、もじもじとした姿を見せる。
「はっはっはっ。今から馴染んでいけばいいさ。さあ、飲もう。今日はとことん付き合うからさ」
「まあ、私は今日は運転手ですから飲めないですけどね」
「はっはっ。矢奈さんはまた今度な」
コウタローさんがハイボールが並々と入ったジョッキを片手に刹那を鼓舞する。
「じゃあ、刹那ちゃんのメジャーデビューを祝して、乾杯」
「「「乾杯~!」」」
刹那は顔を緩ませながら、コウタローさんたちにジョッキを合わせるのだった。
****
「刹那ちゃん、ほれぼれするほどいい娘に育ってからに……」
「あはは。どういたしまして」
刹那がコウタローさんと世間話に花を咲かせる。
少し前の彼女からは想定もできない。
彼女なりに頑張って、それなりに人見知りを克服していたんだな。
「コウタローさん、明日も早いですし、もうそろそろせっちゃんを解放してもいいですか?」
「嫌だ、自分の刹那ちゃんやぞー!」
「はぁ……困りましたね」
まさかのコウタローさんまで酒癖が悪いとは。
時刻は深夜0時過ぎ、よい子もアイドルもそろそろ寝る時間だ。
人形の僕は隙を見て、話しかけようとするが、その度に矢奈さんに口を塞がれる。
あんな泥酔した彼の状態でダディーが絡むと余計にややこしくなるらしい。
意思があって喋る人形の僕を意識してか、矢奈さんから固く口止めされていた。
(くそー、これじゃあ何もできない……)
目の前には気品を振るまいながらカシスオレンジを口に運ぶ刹那がいる。
だけど別れた今でも彼女が好きな想いは伝えられない。
これほどもどかしいものはない。
(まあ、相手は酔っぱらい。下手に騒ぎになってもみくちゃにされるよりかはいいか)
このフランス人形は刹那には愛されているみたいだし、このままお持ち帰りコースになりそうだな。
僕は大人しく、事の流れを見つめることにした。
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