第2話 消えてしまった存在

****


「それでさあ、結局は彼のことをどう思っているわけ?」

「えっと、刹那せつなはですね……」

「だったら頑張って。その恋、ボクが応援してあげるから。男なんてチョロいもんよ」


 セミの合唱がこれでもかと響き、太陽もガンガン照りな初夏の室内。

 その場で二人組の女子の声が、僕の頭の中を駆けめぐる。


 さあ、頭のてっぺんから、脳細胞(記憶)を噴き出して思い出せ。

 この片方の柔らかな声は……。


「せつなっー!」


 ガツンと目を見開いた僕は、なりふり構わず、その好きな子の名前を大声で叫んでいた。


「何? 優希ゆうき君は、いつもは物静かな人なのに?」

「二重人格というやつか」

「だったら何で、刹那ちゃんと叫んでるのよ?」


 周りの男女が、ザワザワと騒いでいる。


 よく見ると、みんな学校の制服を着ていた。

 見たところ、辺りも教室で高校生の集団に見えなくもないけど……。


(どこぞの高校だよ?)


 女の子たちは学生服で、白の半袖ブラウスに、紺のプリーツスカート。

 首元にはピンクのリボンが付いていて、胸のポケットには金の校章が縫われている。

 ちなみに男子は夏用の紺のブレザーを着ていた。


 その羽ばたくワシのデザインのワッペンが意味するものは、小田屋金名おだやかな私立高等学校。


(おわっ、僕の通っていた高校の制服じゃないか!?)


 僕はズルズルと後方へ這いずりながら、神に祈るように両手を合わせる。

 そう、苦しい時の神頼み。


「すまなかった。化けて出てくるなら、早く成仏するように祈っているから」

「響、さっきから何を言ってんの?」

「ひゃあああー、学生の成仏できない霊の集団によるリーダーの登場だ。悪霊退散!?」

「もう、落ち着きなさいってば!!」


 僕の前で手をパチンと叩き、正気に戻させる、赤髪のショートカットの美少女。

 幼稚園の頃からの付き合いになる、幼馴染みの鵺朱やすだ。


 確か、名字が特徴的で、瀬井手せいでだったか。

 お寺の住職に似合いそうな名字だな。


 あれ、どこかで聞いたことがある名字なのは気のせいか?


 どうやら僕は、死んで天国へ行ったのかと思いきや、懐かしの高校時代に戻ってきたらしい。

 これが近頃、アニメやゲームとかで流行りの異世界転生というものか……。


「何、ボクの顔をジロジロ見てんのさ」

「いや、孫にも衣装というべきかな」

「あのねえ。ボクは高校生で、学校の制服を着てるだけなんだけど」

「そうか、俗にいうコスプレか」

「それはちがーう!」


 鵺朱が僕の頬をつねり、怒った目つきで凄みを効かせる。

 現役で活躍するレディースの総長か?


「今、変なこと考えてたでしょ?」

「変も何も、バイクに白い特攻服がお似合いで……ぐおっ!?」

「いいから黙ってて。彼女が戻って来るよ」


 鵺朱が僕を、教室から廊下に引きずり出して、近くの女子、刹那に近付いていく。

 彼女は、『響が絡むと、面倒くさくなるから隠れていて』と、呟いていた。


「鵺朱ちゃん、どうしたの、そんなに息を切らして?」

「何でもないよ。もうお手洗いはいいの?」

「うん、待たせてごめんね」

「じゃあ、もうお昼だし、学食に行こうか」

「うん。今日はAランチあるかな」

「ほんと、刹那って、エビフライ定食好きだよね」


 ……それで何で僕だけを、除け者にしていくのか?

 好きな子を目の前にして、渡り廊下の柱の影に追いやられた身にもなってほしい。


「──おい、優希。そんな所で何をやってるんだ?」

「ほおあおう!?」


 突然の背後からの声に、僕の口から異世界の言葉が飛び出す。


「相手は同級生の自称イケメン、片城剣馬かたじょうけんまだった」

「なに、わけの分からん解説をしてるんだ?」

「何の。身から出たワサビと言うものだよ」

「それワサビじゃなくてサビが正解だし、明らかに暴言だよな?」


 片城が不平そうに、僕に文句を当たり散らす。

 外見はチャラくても正義感は強く、目には目を、暴言は暴言で返すのが、彼なりのやり方だろう。


「まあ、いいか。それよりも、この最新号の雑誌を見ろよ」

「片城はそう囁きながら、僕にいかがわしい本を見せるのだった」

「だから何で、急に語り部口調になるんだ!?」


 片城が僕に、『美少女フィギュア』と掲載された、真新しい雑誌を突きつける。


 表紙にはグラマーな黄色い水着を着ていて、腰まで長い金髪の緑の瞳の人形。

 着用姿がきわどくて、二つのたわわがポロリといきそうだ。

 これでエロくないのなら、世の中の常識は狂いきっている。


「今週、新作のフィギュアが発売したらしくてさ。今日の放課後に寄っていこうぜ」


 やれやれ、こんな人形相手に何を熱論してるのやら。

 でも、この誘いを断ると、ろくなことが起きそうにないな。

 そう、僕の脳細胞が告げていた。


「じゃあ、放課後に下駄箱集合な‼」


 片城はニヤニヤと白い歯を輝かせながら、大量の購買パンの入った袋をぶら下げ、教室に入っていった。


 そう言えば僕も、お腹が減ったな……。


****


「……で、何で、お前が来てるんだ!?」

「えっ、帰り道一緒じゃん」


 放課後の下駄箱で、白の運動靴に履き替える鵺朱。

 いやいや、ここからは男のロマンを求める冒険であり、女子と仲良く肩を並べることはあり得ない。


 彼女はどうして、野郎と一緒についてくるのか。

 その答えは一瞬で判明した。


「だって、先週から、お姉ちゃんが、その店でバイトを始めたからさ。ボクが様子を伺おうと思ってね」


『きゃはは♪』と乙女ぶりっ娘モードになり、てへぺろをして、自身の頭を軽く小突いている、漫画的表現な鵺朱。


 待て、美少女フィギュアが立ち並ぶ、清楚な空間にリアルの女の子だよ。

 しかも美少女。

 女神級にヤバいんですけどー!?


 それに食堂に行く廊下から、この教室まで、かなり長く距離が離れていたはずなのに、どれだけ地獄耳なんですかね……。


****


「よう、お待たせ。若人わこうどよ」


「……って、はあぁ?」


 僕があたふたして、頭が整理できない中、ようやくやって来た片城。

 そして、リアルの美少女がいる現状に目を丸くする。


「うんんんー!?」

「すももももー?」


 片城は品定めをするかのように、頭から足元まで彼女をじっと見つめる。

 その血走った瞳は、血に飢えたオオカミのようだった。


 それに対して、鵺朱の意味不明な『すもも』のワード。

 随分ずいぶんと、マニアックなラブコメ漫画から掘りさげてきたな、おいっ!


「何で、鵺朱がいるんだ!?」


 ほら、普通はそうなるよね。


「片城、これには理由があってだな。落ち着いて聞いてくれないか?」


 いつまで立っても、状況が進まない二人の関係に割って入る僕。

 特に片城には、安らぎが必要だった……。


****


 近所の商店街の大通りを抜けた先にある、人を寄せ付けない所にたたずむフィギュアの店は、相変わらず客がいなかった。

 片城があちこちと移動する最中さなか、彼の大好物の商品が金属の五段ラックに、ところせましと並べられていた。


「ムフムフ。いつ来ても良い眺めですなあ。優希軍曹殿」

「おい、僕はいつから、そんな階級になった?」

「隠さないでいいっすよ。ここは男のロマンで溢れかえってるからさ」


「あの。ボクは女の子なんだけど?」


 美少女フィギュアを前にして、おかしくなった変態野郎に、鋭くツッコむ鵺朱たん。

 店長の話によると残念ながら、お姉ちゃんは予約商品の配達中で不在だったけど……。


「ノウハウアー、それはしまったあああー!?」


 要点を察知したノウハウアー? 片城が頭を抱える。

 そんな迷える子羊が、導き出した答えとは……。


「鵺朱、今からでも遅くない。胸にさらしを巻いて、男物の服を着て、いっそのこと男になれ」

「めちゃくちゃ言うな、このアホガキ」


 残念ながら、片城のアイデアは数秒で消え失せた。


「あははっ。まったく二人とも笑わせてくれるよ」


 二人の絶妙な駆け引きに笑い疲れ、少し休もうと、近くのパイプ椅子に座った瞬間……事件は起きた。


「優希、危ねえー!」


 片城の声に反応する前に、天井に備え付けていたラックから、僕の頭に何か固いものが落ちてきたのだ。


「──ぐはっ!?」


 鈍い痛みの中、頭から物の固まりが滑り落ちる。

 それは血塗られたフランス人形だった。


 僕の血により、赤みを帯びた顔つきが、どこかしら悪魔の目つきで笑っているように見えた。


「響、響、大丈夫っ!?」

「駄目だ、頭からの出血が激しすぎる。救急車が来るまで持つかどうか……」

「それでも、ここで死なすわけにはいかないよ。店長さん、早く電話して‼」

「今してますぞ!」


 仲間たちの喧騒が遠のいていく。

 数秒後、僕は転がった人形の前で気を失った……。

 

****


(ここはどこだろう……?)


 暗闇の中から意識を覚醒させる。

 体が鉛のように重い。

 僕は、どうなってしまったのだろう。


 手も足も動けず、言葉を発しようとしても声が出ない。

 でも、呼吸は普通にできる。


(頭を激しく打ったからな。最悪、打ち所が悪くて、全身麻痺みたいになったのかも知れないな……)


 僕は、ゆっくりと重いまぶたをこじ開けた。


 周りは殺風景な院内ではなく、可愛らしい部屋だった。


 ピンクの壁紙に囲まれて、勉強机に、漫画の詰まった本棚、奥にはベッド。

 それらの家具も乙女チックなピンクで統一されていた。


(ここは女の子の部屋か?)


 僕は周りの様子を目で追いながら、置かれた状況を確認する。

 座っている足下から、低すぎる床が見えるからして、どこかの家具の上にいるようだけど……こんな重みに耐えられる家具とかあったかな?


「ただいま帰りましたー!」


 しばらくして下から女の子の声がして、僕は慌てて隠れようとしたが、それでも体が言うことを聞かない。


 下からゆっくりと、この部屋に向かい、階段の軋む音が伝わってくる。

 僕は明らかに動揺を隠しきれずにいた。


(一体、どうしたんだよ。見つかったらヤバいだろ!?)


 そんな中、真正面の部屋のドアノブがガチャリと開く。


 ああ、このまま僕は変質者扱いされ、警察に連行されて、様々なメディアで叩かれるのか。

 明日から終わったな、僕の人生……。


「ダディーちゃん、ただいま♪」


 そのまま女の子が近寄ると、すぐさま僕の体が軽々しく宙に浮かび、抱っこされる体勢になる。


 嘘だろ、いくら僕が痩せていても、体は米俵並み(60㎏)に重いんだよ!?


「いい子にしていましたか♪」


 その相手は紛れもなく、学生服の刹那だった。

 ──ということは、この場所は……。


(何で僕が、刹那の部屋にいるんだろう?)


 僕の視線が空を泳ぎ、偶然にもピンクの枠で縁取られた、立て鏡の姿と目が合う。


(えっ、マジかよ!?)


 鏡に映った僕は、金髪のフランス人形の姿となり、刹那に可愛がられていたのだった……。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る