第2話 消えてしまった存在

「それでさあ、結局は彼のことをどう思っているわけ?」

「えっと、刹那せつなはですね……」

「だったら頑張って。その恋、ボクが応援してあげるから。男なんてチョロいもんよ」


 セミの合唱がこれでもかと響き、太陽もガンガン照りな初夏の室内。

 その場で二人組の女性の声が僕の頭の中を駆けめぐる。


 さあ、頭のてっぺんから脳細胞(記憶)を噴き出して思い出せ。

 この片方の柔らかな声は……。


「せつなっー!」


 ガツンと目を見開いた僕はなりふり構わず、その好きな子の名前を大声で叫んでいた。


「何? 優希ゆうき君はいつもは物静かな人なのに?」

「二重人格というやつか」

「だったら何で刹那ちゃんと叫んでるのよ?」


 周りの男女達がザワザワと騒いでいる。


 よく見るとみんな学校の制服を着ていた。

 見たところ辺りも教室で高校生達に見えなくもないけど。


(どこぞの高校だよ?)


 白の半袖ブラウスに紺のプリーツスカート。

 首元にはピンクのリボンが付いていて、胸のポケットには金の校章が縫われている。


 その羽ばたくワシのデザインのワッペンが意味するものは、小田屋金名おだやかな私立高等学校。


(おわっ、僕の通っていた高校の制服じゃないか!?)


 僕はズルズルと後方へ這いずりながら、神に祈るように両手を合わせる。

 そう、苦しい時の神頼み。


「すまなかった。化けて出てくるなら早く成仏するように祈っているから」

「響、さっきから何を言ってんの?」

「ひゃあああー、学生の成仏できない霊の集団によるリーダーの登場だ。悪霊退散!?」

「もう落ち着きなさいってば!!」


 僕の前で手をパチンと叩き、正気に戻させる赤髪のショートカットの美少女。

 幼稚園の頃からの付き合いになる幼馴染みの鵺朱やすだ。


 確か名字が特徴的で瀬井手せいでだったか。

 お寺の住職に似合いそうな名字だな。


 あれ、どこかで聞いたことがある名字なのは気のせいか?


 どうやら僕は死んで天国へ行ったのかと思いきや、懐かしの高校時代に戻ってきたらしい。

 近頃、ゲームとかで流行りの異世界転生というものか。


「何、ボクの顔をジロジロ見てんのさ」

「いや、孫にも衣装というべきかな」

「あのねえ。ボクは高校生で学校の制服を着てるだけなんだけど」

「そうか、俗にいうコスプレか」

「それはちがーう!」


 鵺朱が僕の頬をつねり、怒った目つきで凄みを効かせる。

 現役で活躍するレディースの総長か?


「今、変なこと考えていたでしょ?」

「変も何もバイクに白い特攻服がお似合いで……ぐおっ!?」

「いいから黙ってて。彼女が戻って来るよ」


 鵺朱が僕を教室から廊下に引きずりだして、近くの女子、刹那に近付いていく。

 彼女は『響が絡むと面倒くさくなるから隠れていて』と呟いていた。


「鵺朱ちゃん、どうしたの、そんなに息を切らして?」

「何でもないよ。もうお手洗いはいいの?」

「うん、待たせてごめんね」

「じゃあ、もうお昼だし、学食に行こうか」

「うん。今日はAランチあるかな」

「ほんと、刹那ってエビフライ定食好きだよね」


 ……それで何で僕だけを除け者にしていくのか?

 好きな子を目の前にして、渡り廊下の柱の影に追いやられた身にもなってほしい。


「──おい、優希。そんな所で何をやってるんだ?」

「ほおあおう!?」


 突然の背後からの声に僕の口から異世界の言葉が飛び出す。


「相手は同級生の自称イケメンの片城剣馬かたじょうけんまだった」

「なに、わけの分からん解説をしてるんだ?」

「何の。身から出たワサビと言うものだよ」

「それワサビじゃなくてサビが正解だし、明らかに暴言だよな?」


 片城が不平そうに僕に文句を当たり散らす。

 外見はチャラくても正義感は強く、目には目を、暴言は暴言で返すのが彼なりのやり方だろう。


「まあ、いいか。それよりもこの最新号の雑誌を見ろよ」

「片城はそう囁きながら、僕にいかがわしい本を見せるのだった」

「だから何で急に語り部口調になるんだ!?」


 片城は僕に美少女フィギュアと掲載された雑誌を突きつける。


 表紙にはグラマーな黄色い水着を着ていて腰まで長い金髪の緑の瞳の人形。

 着用姿がきわどくて、二つのたわわがポロリといきそうだ。

 これでエロくないのなら、この世の中の常識は狂いきっている。


「今週、新作のフィギュアが発売したらしくてさ。今日の放課後に寄っていこうぜ」


 やれやれ、こんな人形相手に何を熱論してるのやら。

 でも、この誘いを断るとろくなことが起きそうにないな。

 そう、僕の直感が告げていた。


「じゃあ、放課後に下駄箱待機な‼」


 片城はニヤニヤと白い歯を輝かせながら、大量の購買パンの入った袋をぶら下げて教室に入っていった。


 そう言えば僕もお腹が減ったな……。


****


「……で、何でお前が来てるんだ!?」

「えっ、帰り道一緒じゃん」


 放課後の下駄箱で白の運動靴に履き替える鵺朱。

 いやいや、ここからは男のロマンを求める冒険であり、女子と仲良く肩を並べることはあり得ない。


 彼女はどうして一緒についてくるのか。

 その答えは一瞬で判明した。


「だって、先週からお姉ちゃんがその店でバイトを始めたからさ。ボクが様子を伺おうと思ってね」


『きゃはは♪』と乙女ぶりっ娘モードになり、てへぺろをして、自身の頭を軽く小突いている鵺朱。


 待て、美少女フィギュアが立ち並ぶ清楚な空間にリアルの女の子だよ。

 女神級にヤバいんですけどー!?


 それに食堂に行く廊下から、この教室までかなり長く距離が離れていたはずなのに、どれだけ地獄耳なんですかね……。


****


「よう、お待たせ。若人わこうどよ」


「……って、はあぁ?」


 僕があたふたして頭が整理できない中、ようやくやって来た片城がリアルの美少女がいる現状に目を丸くする。


「うんんんー!?」

「すももももー?」


 片城は品定めをするかのように頭から足元まで彼女を見つめる。

 その瞳は血に飢えたオオカミのようだった。


 それに対して鵺朱の意味不明な『すもも』のワード。

 ずいぶんとマニアックなラブコメ漫画から掘りさげてきたな、おいっ!


「何で鵺朱がいるんだ!?」


 ほら、普通はそうなるよね。


「片城、これには理由があってだな。落ち着いて聞いてくれないか?」


 いつまで立っても状況が進まない二人の関係に割って入る僕。

 特に片城には安らぎが必要だった……。


****


 近所の商店街の大通りを抜けた先、人を寄せ付けないように佇むフィギュアの店は、相変わらずの商品が金属の五段ラックに所せましと並べられていた。


「ムフムフ。良い眺めですなあ。優希軍曹殿」

「おい、僕はいつからそんな階級になった?」

「隠さないでいいっすよ。ここは男のロマンで溢れかえっているからさ」


「あの。ボクは女の子なんだけど?」


 美少女フィギュアを前にしておかしくなった変態野郎に鋭くつっこむ鵺朱たん。

 店長の話によると残念ながらお姉ちゃんは配達中で不在だったけど……。


「ノウハウアー、それはしまったあー!?」


 要点を察知したノウハウアー? 片城が頭を抱える。

 そして、彼が導き出された答えは……。


「鵺朱、今からでも遅くない。胸にさらしを巻いて男物の服を着て男になれ」

「めちゃくちゃ言うな、このアホガキ」


 残念ながら、片城のアイデアは数秒で途絶えた。


「あはは。まったく、二人とも笑わせてくれるよ」


 二人の絶妙な駆け引きに笑い疲れ、少し休もうと近くのパイプ椅子に座った瞬間……事件は起きた。


「優希、危ねえー!」


 片城の声に反応する前に天井に備え付けていたラックから僕の頭に何か固いものが落ちてきたのだ。


「──ぐはっ!?」


 鈍い痛みの中、頭から物の固まりが滑り落ちる。

 それは血塗られたフランス人形だった。


 僕の血により、赤みを帯びた顔つきがどこかしら悪魔の目つきで笑っているように見えた。


「響、響、大丈夫!?」

「駄目だ、頭からの出血が激しすぎる。救急車が来るまで持つかどうか……」

「それでもここで死なすわけにはいかない

よ。店長さん、早く電話して‼」


「今していますぞ!」


 仲間たちの喧騒が遠のいていく。

 数秒後、僕はその転がった人形の前で気を失った……。

 

****


(ここはどこだろう……?)


 暗闇の中から意識を覚醒させる。

 体が鉛のように重い。

 僕はどうなってしまったのだろう。


 手も足も動けずに言葉を発しようとしても声が出ない。

 でも、呼吸は普通にできる。


(頭を激しく打ったからな。最悪、打ち所が悪くて全身麻痺みたいになったのかも知れないな……)


 僕はゆっくりと重いまぶたをこじ開けた。


 周りは殺風景な院内ではなく、可愛らしい部屋だった。


 ピンクの壁紙に囲まれて、勉強机に、漫画の詰まった本棚、奥にはベッド。

 それらの家具も乙女チックなピンクで統一されていた。


(ここは女の子の部屋か?)


 僕は周りの様子を目で追いながら、置かれた状況を確認する。

 座っている足下から低すぎる床が見えるからして、どこかの家具の上にいるようだけど……こんな重みに耐えられる家具とかあったかな?


「ただいま帰りましたー!」


 しばらくして下から女の子の声がして、僕は慌てて隠れようとしたが、それでも体が言うことを聞かない。


 下からゆっくりとこの部屋に向かい、階段の軋む音が伝わってくる。

 僕は明らかに動揺を隠しきれずにいた。


(一体、どうしたんだよ。見つかったらヤバいだろ!?)


 そんな中、真正面の部屋のドアノブがガチャリと開く。


 このまま僕は変質者扱いされ、警察に連行されて、様々なメディアで叩かれるのか。

 明日から終わったな、僕の人生……。


「ダディーちゃん、ただいま♪」


 そのまま女の子が近寄ると、すぐさま僕の体が軽々しく宙に浮かび、抱っこされる体勢になる。


 嘘だろ、いくら僕が痩せていても体は米俵並み(60㎏)に重いんだよ!?


「いい子にしていましたか♪」


 その相手は紛れもなく、学生服の刹那だった。

 ──ということは、この場所は……。


(何で僕が刹那の部屋にいるんだろう?)


 僕の視線が空を泳ぎ、偶然にもピンクの枠で縁取られた立て鏡の姿と目が合う。


(えっ、マジかよ!?)


 鏡に映った僕は金髪のフランス人形の姿で刹那に可愛がられていたのだ……。

 

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