第21話 女商人、樺燕 其壱

 東宮との話し合いから二週間ほど経ったある日。栗色の長髪と薄茶の瞳を持った一人の商人が、天藍宮を訪れていた。

 

 「東宮妃。お求めの品を持って参りました。どうぞお確かめ下さい」

 

 そう言った彼女は、菖蒲色の反物を両手に抱えて深々と頭を下げる。

 それを杏が受け取り、私へと渡した。

 

 少し布を引き、手触りと色を確認したが、柔らかな手触りかつ、染めムラなども全く見つからない。

 流石は皇家御用達の商会、商会といったところか。

 

 反物を元通りになるよう巻き付けて、私はそれを彼女――莉商会会長の娘であり、後宮における取引の担当者、樺燕かえんに返す。

 

 「とても良い出来ですね。言うことは何もありません。引き続きよろしくお願いします」

 

 「光栄です。首飾りに使う水晶ですが、ただ今加工が遅れておりまして……数日後に届けさせていただきたく存じます」

 

 「それくらいならかまいません」

 

 「寛大なお言葉に感謝申し上げます」

 

 そんな風に言葉を交わしつつ、私は彼女の装いをさりげなく伺った。

 樺燕は淡い空色の襦裙に、明るい橙色の裳を付けている。

 今年流行っている組み合わせだ。

 さらに、襦裙には銀糸で水紋のような刺繍が施されており、良い意味で目を引かれる。

 

 少しばかり観察していれば、樺燕は私の視線に目ざとく反応し、口を開く。

 

 「ああ、そうそう。こちらの襦裙なのですが、今年の流行色を取り入れながら、薄い布を使用しているため暑さを感じにくく、とても人気なのですよ。他にも白、橙色、鶯色、芥子色、薄紅色のものもありますが、いかがでしょう?」

 

 ――なるほど。確かに後宮の取引では彼女が適任だ。

 

 大手商会における女性の商人は、とても珍しい。

 そういった家の娘の役割は、貴族女性と同じだからだ。

 

 一般庶民ならば女性も働かなければ食い扶持ぶちを稼げないので、夫婦とも働く家庭が一般的だ。だが、大きな商会の重役ならば話は別。

 妻や娘が働かなくとも、十二分に余裕があるからだ。

 

 そのため、彼らの妻は基本的に来客をもてなしたり、他の商会の女性陣と茶会を開き親睦を深める――もとい情報交換を行うといったことをする。

 娘は取引相手の商会や、稀に困窮している貴族の家へ嫁ぎ、その繋がりを確固たるものにする。

 

 しかしこの樺燕という人は、女だてらに直接商会で働き、大きな成果を上げているという。

 確かに、彼女のような女性の人材がいれば後宮での取引の際、万が一のために警護のための宦官を手配する手間が省ける。

 

 だがおそらく、彼女が担当者に選ばれたのは、女性であることだけが理由ではない。

 

 取引をする際、注文された商品とは別に宣伝対象の商品を着用して取引先へ訪れ、雑談のような流れで、多くの利点を挙げながらも決して無理強いすることのない、効果的な話し方で相手を上手く転がすことができる、という点が大きいだろう。

 一言で表すと、とても商売上手な人だということ。

 

 そう感心しつつも、私は断りの言葉を口にし、樺燕はそれに嫌な顔一つせずに頷いた。

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