第20話 話し合い

 後宮入りしてから、早ひと月。

 私は少しずつ情報を集めながらも、穏やかな日々を送っていた。

 

 ――これで東宮さえ定期的にやって来なければ順調なのだけど。

 

 だが、国の未来がかかっている以上、仕方のないことなのだ。

 静かに嘆息した私は、目の前の長椅子に座る御人をまっすぐに見る。

 

 その御人――黒い長髪を結わえず、背へ流した状態でくつろぐ美貌の我が夫――は、こちらを一瞥して話を促した。

 

 今日も変わらず無表情の彼に、私も淡々と調査結果を報告する。

 

 「ご苦労。負担をかけてすまないな」

 

 ――無表情のせいで効果が半減しているような気もするが、優しい。

 むしろ、あまり有益な情報を掴めていないことを咎められてもおかしくないのに。

 

 そんな思いがあったからか、私の返答はつれないものになってしまう。

 

 「いえ、一臣下として当然の義務かと。ああ、そうでした」

 

 少し早いかもしれませんが、という言葉に続けて、私は言葉を発した。

 

 「灼月の儀について、打ち合わせをいたしましょう」

 

 灼月の儀とは、綜竜の祭事の一つだ。

 

 月を主神とするこの国では、月の消える新月には女神の加護が薄まるとされている。

 そのため皇帝は、毎月新月の夜にひとり、宮廷の泉でみそぎを行い、国の安寧を祈る義務がある。

 

 だが、半年に一度、特に加護が薄まるとされる新月がある。

 その日は、後宮に住む者は必ず後宮内の神殿で朝まで祈る。皇后、東宮妃を含む皇族及び宮廷に勤める官吏は、月光の間という名の広間へ集まり祈る。その際、尚儀の女官たちは宮廷へ呼び出され、一晩中舞う。

 

 夏のその日に行う儀式は灼月の儀、冬のそれは氷月の儀という名だ。

 

 そして私は東宮妃なので、後宮の神殿ではなく月光の間へ行くことになる。

 儀式中の服装などは特に決められてはいないが、良くも悪くも目立つ立場なのだから、事前に相談しなければならないため、東宮へ相談したというわけである。

 

 彼もそのつもりだったようで、私の提案に深く頷き、口を開く。

 

 「私たちの服装の色は、菖蒲色で統一しようと思っている。装飾に希望はあるか?」

 

 「そうですね。陛下次第ではありますが、水晶を基調とした銀鎖の首飾りを揃いで作らせてはどうでしょうか。厳しいようなら真珠で」

 

 「承知した、早いうちに主上に確認しておこう」

 

 紫色と水晶はそれぞれ、皇室を表す色と石だ。

 また、最も濃い紫の深紫こいむらさきは皇帝しか身に付けることを許されていない。

 そのため、その色を避けながら相応に濃い菖蒲色が選ばれたのだろう。

 

 また、水晶は皇族の多くが式典において着用するが、皇帝がそれを身に付けていないときに関しては、絶対にそれを身に纏ってはならない。

 皇帝を差し置いて皇室の証を着用することはすなわち、自身は皇帝よりもより皇族として優れていると主張していることになる……と見なされるためだ。

 

 ちなみに、候補に真珠を入れたのには、輝きすぎず地味すぎない丁度良い物だからという理由がある。

 

 その後も細かい調整を挟んでから、私と東宮は同じ寝台の中、眠りについた。

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