第19話 東宮妃は六尚を訪ねる 其肆

 どうぞお掛け下さいという言葉を聞いて、長椅子に浅く座る。

 それに続いて、樢女官長も腰を下ろした。

 

 彼女はあらかじめ卓上に置いてあった茶道具一式を手に取り、茶杯に注ぐ。

 

 「どうぞ」

 

 そんな短い言葉と共に目の前に置かれたのは、緑茶だった。

 

 「ありがとうございます」

 

 同じように最低限の言葉を返し、私は茶杯に口をつけた。

 

 ――これ、美味しい……

 

 苦過ぎず、かといって薄いわけでもない、緑茶の旨みを最大限に引き出している。

 珍しくもなんともない茶だが、その持ち味を生かし切っていた。

 

 それと同時に、保守派としての主張のようなものも感じられる。

 

 “自分たちは、目新しいものにうつつを抜かすのではなく、自分たちの持つものを極めるべきである”

 

 ……とでもいったところか。

 賢妃のように表立って攻撃するのではなく、言外に攻める彼女は、なかなかの切れ者だろう。

 しかも、同時にその方法が例の一つとして挙げられているため、説得力も大きい。

 

 流石は保守派二番手の出身だ。

 

 ――かといって、こちらも負けるつもりはないけれど。

 

 そんな思いを込めて、私は口を開く。

 

 「美味しいです。茶葉の品種名と、どちらでで取り寄せられたのかをお教えいただけますか?」

 

 「……品種名は苓玉れいぎょく。雪桔南部のものだと聞いています。れん商会から取り寄せました」

 

 「なるほど。確か、数年前に異国から輸入した種と国内の種を交配させたものでしたね。お教えいただきありがとうございます。近いうちに取り寄せたいと思います」

 

 有り体に言えば、外部のものも程よく取り入れることでより自国のものを発展させることができるのだろう、と言っている。

 

 しかし、彼女は私の皮肉には表情ひとつ変えず、ただ頷いた。

 これが賢妃ならば、激昂していただろうに。

 

 煽ったことが無駄だと理解した私は、それ以上はそのことに触れず、話題を変えることにした。

 

 何回か適当に話を振ってみたが、彼女はそれに簡潔に答えていた。

 

 失礼はないようにしているものの、こちらと深く関わるつもりはないという意思がはっきりと感じ取れる。

 

 そんな会話の中で、私の中では、極力彼女を敵に回したくはないなという思いが膨らんでいた。

 正直、賢妃よりも厄介な人だ。

 

 厄介な人というのは、短気な人でも怖い人でもなく、自分の意見に絶対の自信を持ち、その根拠や反論などを淡々と正確に述べることのできる人なのだから。

 

 そんな思いを包み隠して、私は会話を切り上げるべく、決まり切った口上を述べる。

 

 「本日は貴重なお時間を割いてくださり、ありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします」

 

 「いえ、こちらこそ、わざわざお越しいただきありがとうございます。またよろしくお願いいたします」

 

 最後まで、ちょっとしたことにもちいさな棘を埋め込むのが上手い人だ。

 

 儀礼的なやり取りを最後に、私は彼女の部屋を後にした。

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