第18話 東宮妃は六尚を訪ねる 其参

 それから私は、尚寝・尚食・尚宮・尚功と、四つの部署を訪れた。

 どの女官長も、派閥の違いはあれど概ね好意的で――私の身分が高いことが大きいのだろうが――とりあえず、今のところ注視する必要はなさそうだった。

 

 派閥関係としては、尚服は――各部署の女官長の属する派閥によってその部署の派閥も決まる――中立派。尚寝も同じく中立派。尚食と尚宮は革新派。そして尚功と、これから訪ねる尚儀は保守派だ。

 

 かなり均等の取れた配置であることから、皇帝がどれほど後宮を大切に思っているかが分かるというものだ。

 また、後宮にこそ住んではいないが、後宮を管理する役目を持つ皇后の優秀さをも改めて感じる。

 

 二、三度彼女の主催する茶会に参加したが、積極的に会話に混ざろうとするお人だけでなく、私のように会場の隅からその様子を観察しているだけの人間も気にかけることのできる人だった。

 

 あの二人が後宮の舵を取っている限り、小競り合いはあれど、そこまで大きないさかいは起きないだろう。

 

 ――とはいえ、やはり敵対派閥の人間と話すことは、少なからず緊張する。

 

 一度口を滑らせれば、それは実家にまで影響を及ぼしてしまうためだ。

 そして同時に、自分たちの派閥が有利になるよう、相手側の情報も手に入れる必要がある。

 つまり、敵対派閥の人間と話す際は、自分が失言をしないよう注意しながらも、上手く相手から情報を得る必要があるのだ。

 

 また、話す相手が敵対派閥といえど、そこまで高い身分ではなかったり、発言力がなかったりするのならば、まだ良い。

 

 大した情報を持っていない可能性が高いからだ。

 

 例えば、尚功の女官長は保守派だが、その中でも中立寄りの立場であり、親は下級管理と元の身分が低いことから、そこまで身構える必要もなかった。

 彼女自身、柃女官長に似た穏やかな性格だということもある。

 

 そんなことを考えていれば、私は尚儀の女官長室の前に立っていた。

 背中に、ピリリと緊張が走る。

 

 ふっと息を吐いて、私は目の前の扉を叩いた。

 

 「どうぞ、お入りください」

 

 壁一枚向こうから、ひどく硬い声が入室許可を出す。

 

 「失礼いたします」

 

 そう口にしてから、その扉を開き、部屋に入った。

 

 目の届く範囲に、人はいなかった。恐らく、奥の部屋にいるのだろう。

 人の部屋を勝手に散策する趣味はないので、失礼にならない程度に室内を観察する。

 

 家具は焦げ茶。調度品は紺や黒といった落ち着いた色でまとめられていて、木簡や巻物などは棚にきっちりと収まっており、部屋の主人の几帳面な性格が垣間見えた。

 

 ……と、そこで、カツカツと沓音が聞こえた。

 右奥の扉が開き、一人の女性が部屋に足を踏み入れる。

 

 濡れ羽色の髪に、緑がかった黒く鋭い瞳を持ち、尚儀女官の証である瑠璃紺るりこんの襦裙を纏った彼女は、私へ近づいてきた。

 

 私の前に立った彼女は、すっと礼をする。

 美しいが、やわらかさの一切ないそれは、淑女というより官吏の礼に近いものを感じた。

 

 「大変失礼いたしました。尚儀女官長、ちょう芳麗ほうれいと申します」

 

 先ほどと同じ、感情の起伏を映さない、硬い声でそう述べた。

 

 「いいえ、お気になさらず。樢女官長。お忙しい中、ご無理申し上げてしまい、こちらこそ申し訳ございません」

 

 それに応える私の声も、心なしかいつもに増して冷たい。

 その理由は、分かっている。

 

 ――彼女の生家は、保守派の中で、泉家に次いで高い身分を有する名家だからだ。

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