第17話 東宮妃は六尚を訪ねる 其弐

「ようこそいらっしゃいました、明妃。尚服女官長を務めさせていただいております。れい蘭璃らんりと申します」

 

 茶色の髪に、少し黄色みを帯びた焦げ茶の瞳を持った彼女は、薄紅色――尚服の女官服の色――の襦裙を纏い、優雅な礼を見せて私を迎えた。

 

 ――柃女官長。

 実家は、中級貴族の筈だ。

 

 柃家は中立派ということで、特に接点はなかったが、彼女の手先の器用さはなかなか有名で、特に刺繡が得意だそうだ。

 なんでも、まるで絵画のように美しい出来栄えらしい。

 

 実を言うと、刺繡はあまり得意ではないため、羨ましい限りである。

 

 彼女はその腕を見込まれて後宮入りしたようだが、皇帝の寵にはそこまで執着がないそうだ。

 また、立ち回りも上手いようで、中立派という革新派からも保守派からも睨まれることのある立場でありながら、妬みや恨みを買われたことがほとんどないらしい。

 

 人脈も広いようなので、できることなら良い関係を築いておきたい。

 

 私は嫁き遅れとはいえ、後宮ではかなり若い方だ。

 生家という強い後ろ盾はあれど、後宮における人脈はほとんど無いに等しい。

 

 情報を手に入れるためには、少しでも多くの人脈を確保する必要があるのだ。

 

 間諜はいるが、彼らはあくまで仕える者であり、彼らが忠誠を誓うのは名家当主――お父さまだ。

 

 後宮入りした以上、私にも情報を渡してはくれるが、彼らはその情報を私に教えても良いかをその都度お父さまに尋ねなければならないため、急を要する際などでは当てにすることができない。

 また、私個人が動かせる間諜を持つことは、まだ許されていない。

 

 そのため、情報をより速く集めるのならば、こうして地道に人脈を作らなければならないというわけだ。

 

 ――仕方のないこととはいえ、やはり面倒だ。

 それに、自分が半人前であると突き付けられているようで、面白くない。

 

 そんな感情をおくびにも出さず、私は口を開いた。

 

 「初めまして、柃女官長。東宮妃、明淳華です。突然の訪問にも関わらずお出迎えいただき、ありがとうございます」

 

 柃女官長は柔らかい笑みを浮かべ、私に椅子へ座るよう促した。

 背もたれに背を預けることなく、浅く腰掛ける。

 

 その間に、柃女官長は湯を沸かし、茶を淹れる支度を始めた。

 

 その動作にはよどみがなく、茶を入れているだけだというのにとても美しい。

 

 ふわり。彼女が茶壺に湯を注ぐと同時に、部屋中に爽やかな香りが広がった。

 

 どうやら、果実茶のようだ。

 紅茶の茶葉に乾燥させた果物を混ぜて入れることによって、茶にその果物の香りが移るというもので、妃嬪方の間で最近流行っていると聞く。

 

 あまり一般的ではない紅茶を使用するので、中級女官以下の者はあまり口にする機会はないのだろうが。

 

 ことり、とやわらかな音を立てて、茶杯が目の前に置かれた。

 

 それを手に取り、甘酸っぱい香りの紅茶を口に含む。

 

 檸檬レモンの皮を刻んだものが混ぜられていたのだろう。

 少し酸っぱいのだが、それが美味しい。

 

 すっきりした香りも相まって、この季節によく合うお茶だ。

 

 宮殿へ戻ってから取り寄せようと思いつつ、私は口を開いた。

 

 「とても美味しいです。よろしければ、どちらで手に入れられたのか、お教え願えますか?」

 

 「ええ。もちろんです。𣳾たい商会は、ご存知ですか?庶民向けの商会なのですけれど」

 

 「はい、存じております。確か、最近は輸入食品の取り扱いを増やしているとか」

 

 「その通りです。尚食女官長が輸入食品に興味を持たれたことがきっかけで、わたしにも教えて下さいましたの。また、食品を輸入している関係で、外国産の衣服や布地。髪飾りなどといった服飾品の取り扱いも増えていまして。庶民向けの商会といえど、なかなか侮れません」

 

 ……𣳾商会。私個人としても気になるし、輸入を拡大しているということは、異国の情勢について何かしらの情報を持っているかもしれないということだ。覚えておいて損はない。

 

 柃女官長と話すまでは、思い出しもしなかったから、それだけでここへ来た意味があるというものだ。

 

 その後は当たり障りのない話に花を咲かせ、終始和やかな雰囲気のまま、私は彼女の部屋を後にした。

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