第16話 東宮妃は六尚を訪ねる 其壱

 紫蘭を茶会に招いた翌日、私は各六尚の女官長のもとへと挨拶回りをしに出かけた。

 後宮入りしてから少し間が空いてしまったけれど、これくらいならどうということもない。

 ……そもそも、後宮入りした妃は普通、六尚にまで挨拶に行ったりしない。

 というか、挨拶回りにすら行かないという者がほとんどである。

 

 その理由は単純。

 

 ――皆、下手に出ることを厭うからだ。

 

 入内した当初から妃であるという場合、その娘は十中八九、貴族令嬢である。

 そして貴族令嬢というのは、たとえ親の身分が低かろうが、後宮での身分が下級妃であろうが、基本的に高い矜持を持つ。

 そのため、強制されてもいないのに、わざわざ頭を下げに行くことを拒むのだ。

 自身よりも身分の高い者へ頭を下げることすら厭うというのに、中には貴族出身でない者もいる六尚の女官長たちの元へ行こうとは、もちろんしない。

 

 では何故、私はわざわざ挨拶回りに行くのかというと、これをすることで得ることのできる利益があるからだ。

 

 それは――情報。

 

 適度に関係を築くことで、情報というのは自然と入ってくるものだ。

 

 当初の私は、単純により快適な後宮生活を送るためと、不穏な動きがあれば即刻父や東宮に進言することができるように挨拶回りを決めたのだが、正解だった。

 

 挨拶回りに行こうと、徳妃さまの宮殿を訪れたことで、彼女はより私のことを誘いやすくなったのだろうし、紫蘭にも話を聞くことができた。

 

 また私は、六尚と繋がりを持てたときに得ることのできる情報に、紫蘭や鈴華などから貰えるものよりも期待している。

 なぜなら、六尚で得ることのできる情報というのは、とても多いからだ。

 

 それは、六尚には下女や端女はしためといった最下層の者から、中位貴族の生家を持つ高級女官など、身分の範囲がとても広いから。

 

 また、尚服の下級女官は服を洗濯するために妃嬪たちの部屋や宮殿を回るため、かなり多くの情報を持っている。

 

 情報収集という任務を皇帝命令で与えられた以上、そういった人脈は作っておきたかった。

 

 もちろん、私自身の信用という意味では、紫蘭や鈴華のような高級妃嬪との人脈があることも有利な手札となるので、とても重要なのだが。

 

 そんなことを考えている間に、六尚の職場全てが入っている宮殿、玻璃はり殿へ着いた。

 

 ここは、多くの女官たちが出入りする場所であることから、呼び鈴を鳴らす必要はない。

 また、女官長全員に挨拶へ行きたいという旨をしたためた手紙は送ってあり、全員から了解の返事も貰っている。

 

 そのため私は、初めて訪れる玻璃殿の廊下を堂々と進んだ。

 

 想像通り、多くの女官や宦官たちとすれ違ったし、身に纏う衣の色――働いている部署によって、仕事の際に身に着ける衣の色が決まっている――も質もさまざまだったことから、やはり多種多様な人間がこの場所で働いていることを実感した。

 

 そろそろ最も近い女官長室に着くというところで、最初はどの部署に行こうか少し迷ったが、効率よく回るために部屋が玄関から近い順に訪ねることにする。

 

 そして私は、最も近い女官長室――尚服の女官長室の扉を叩いた。

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