第15話 東宮妃は情報を集める

 そんなことがあった日の、午後。

 

 「――淳華、それで話って?」

 

 私は、紫蘭を茶会に招いていた。

 むろん、徳妃さまの情報収集のためである。

 

 ――なんでせっかく紫蘭と話せるのに、それを削って仕事しなきゃならないんでしょうねぇ。紫蘭だって忙しいから会える機会って限られてるのに。

 

 そんな、文句たらたらな本音をしまい込み。

 本の話で癒されたい衝動をぐっと堪えて、私は口を開いた。

 

 「徳妃さまについて、紫蘭さまが感じていることをお聞きしたいと思いまして」

 

 先日茶会に招かれたのですが、色々と不審な点がございましたので、と付け足した。

 それらの原因について推測はできているということは、もちろん伝えない。

 

 私の問いに対して、紫蘭は軽く首をかしげ、少しばかり考えるそぶりを見せた。

 そして、こう答える。

 

 「そうねぇ……私もあまりお会いしたことはないのだけれど、後宮向きの方ではないか――とっても演技力のあるお方という感じだったわね」

 

 出された緑茶を啜り、彼女はこう続ける。

 

 「あんな風に気弱な性格では、皇后にはどう考えても向かないわ。でも、皇后でなかったらと考えたら、どう?」

 

 紫蘭の思いがけなかった言葉に、軽く瞠目する。

 

 「皇后には、芯の強さや統率力。それに強力な後ろ盾が求められる。だから陛下は、どうしてもそれを持ち合わせる女性を皇后にする必要がある。けれど、気弱な女性に庇護欲がそそられて、それなりの位を与えて寵愛するなんて、十分ありえる話じゃない?」

 

 ――なるほど。“皇后の位”ではなく、敢えて寵愛を優先するという作戦として気弱なふりをしている”という線は、私にはなかった着眼点だ。

 

 皇后という位が最上のものであるということは、紛れもない事実だ。

 それでも、寵愛というものが後宮において非常に重要な意味を持つこともまた事実。

 

 とはいえ、彼女に針が仕込まれていたことや、侍女たちの件を考慮すると、徳妃さまは被害者である可能性の方が高い。

 

 それでも、徳妃さまが被害者だと仮定して考えていたが、今の紫蘭の視点からも調査を進める必要があるかもしれない。

 

 そう思考をまとめた私は、考え事を表情に出すことなく、言葉を返した。

 

 「確かに、それは考えられるかもしれませんね。とはいえ、最近は陛下のお通りを拒んでいると聞きましたが……」

 

 「これも断言はできないけれど、所謂“焦らし”なのではということも考えられるわね」

 

 まあ、全て断言はできないのだけれどと、彼女は軽く首をすくめた。

 

 それにいいえ、と首を横に振り、私は言葉を紡ぐ。

 

 「十分にありえる理由でしたし――その考え方は、私にはないものでしたので」

 

 「まあ、東宮妃の貴女には関係ない話だものね」

 

 ふふっと笑う紫蘭に、私も微笑みを返す。

 

 それからは本の話に話題を変え、和やかに茶会は終わった。


 しかし、本談義に花を咲かせていても、私は頭の中で、これからの調査についてぐるぐると思案していた。

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