第14話 東宮妃は詔令文書を賜る

 「昨晩の段階では、どういった結論に達したのですか?」

 

 東宮はその問いかけに答えず、今まで空気になっていた自身の宦官に、何か合図を出した。

 合図を受け取った宦官は、手荷物の中から一つの巻物を取り出し、東宮に手渡す。

 彼は手渡された巻物それを、すっと私に向けて差し出した。

 そして、一つ呟きを落とす。

 

 「……朝から申し訳ないが、これを読んで欲しい」

 

 「はい、頂戴いたします」

 

 私は東宮の手から巻物を受け取り、それを広げた。

 そこに綴られていた言葉は、私の予想通りのものだった。

 

 『詔令文書しょうれいぶんしょ

  此度こたび、東宮妃たる明淳華に与える役目をここに記す。

  一、余の妃たる珖徳妃の後宮における現状を調査せよ。

  一、調査結果を書面に記し、定期的に東宮へ提出せよ。

  一、調査結果から推測されることがあれば、それも記入せよ。

  決して誰にも気取られることなく、秘密裏に動くことを厳命する。

  情報は全て、東宮にのみ伝えること。

  調査結果を複製すること、第三者に情報を漏らすことを固く禁ずる。

  以上』

 

 最後に皇帝の印である玉璽ぎょくじが押されており、この文書が正真正銘、皇帝によって書かれたものだと示している。

 

 詔令文書とは、皇帝名義で記される文書のことで、簡単に言えば皇帝からの命令書である。

 

 ご大層なものを貰ってしまったわけだが、東宮が朝っぱらからこの宮殿に来た時点である程度予想はできていた。

 

 何故わざわざ書面で命令されなければならないかという話だが、これにはちゃんとした理由がある。

 

 皇帝から、非公式ではあっても、正式に皇帝からの命令を受ける場合、皇帝から直々に命令を受けるか、詔令文書これを渡されるかする必要があるからだ。

 口伝の場合、皇帝の命と偽ることなどいくらでも可能なので、認められていない。

 

 そして、私が皇帝と直接会うのは、とても難しい。

 

 後宮へ入ったが最後、よっぽどのことがない限り後宮の外へ出ることはできない。

 故に、宮廷へこちらから出向くことはできない。

 かといって、皇帝に私の宮殿へ出向いてもらうこともできない。

 東宮妃――すなわち皇帝の妃ではない私の元へ皇帝がやって来たと知れ渡れば、どんな噂が立つかなど、子供にだって分かる。

 

 というわけで、東宮経由で詔令文書が渡されることは、予想していた。

 

 だから私は、一切動じることなく東宮と視線を合わせる。

 少しばかり目を見開いた東宮に向かって、すっと起拝の礼を取り、口を開いた。

 

 「拝命いたします」

 

 「――ああ」

 

 顔を上げるよう促され、私の目線と東宮のそれが交差する。

 いつになく真剣な色を帯びたその瞳に、思わず見惚れてしまった。

 いや、私も多分同じような表情をしてると思うんだけど。

 自分では少なくとも、これまでで一番真面目に応対していたつもりだし。

 

 お互い、真面目な表情で見つめ合っているうちに、朝餉はすっかり冷めてしまった。

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