第12話 東宮妃は混乱する 前編

 不思議な夢を見た。

 

 私は、紺碧の夜空をふわふわと漂っていた。

 自分で動くことは出来ず、私はただ風に運ばれてゆく。

 

 突如として目の前に、猫の爪のような形をした美しい三日月に、その三日月に巻き付く、瑠璃色の龍が現れた。

 その月には、身体から淡い光を放つ浮世離れした色白の美女が腰掛けている。

 彼女は、金の色をしたサラサラの長髪を風になびかせ、どこか遠くを眺めていた。

 

 私と美女との距離は、段々と狭まってゆく。

 

 近づいてくる私の気配に気が付いたのだろう。横顔のみを見せていた美女は、ゆっくりとした動作で私の方に視線を向ける。

 

 パチリ。

 

 紫水晶のような瞳と、私の視線が交差する。

 刹那――美女のあかい唇が柔らかな曲線を描いた。

 あっと思ったときには、私は美女の隣に腰掛けていて。

 彼女は、ほっそりとした腕を私に伸ばし、そっと耳に添える。

 弧を描いた唇を、自身の手のすぐそばに寄せた美女は、小さな小さな言葉を、私に囁いて――

 

 

 

 ……朝だ。

 至って普通に、私は寝台の中にいた。

 隣をチラリと見てみるけれど、当然のことながら東宮はいない。

 

 恐らく、陛下と話し合いをするために、もう一度宮廷へ戻ったのだろう。

 ちゃんと睡眠時間は取れたのだろうか。

 柄にもなく、そんな心配が胸を掠めた。

 

 いや、もし睡眠不足で倒れられたりすれば、私にも責任の一端がある……というか、私が元凶だ。

 私の考えを伝えたことに後悔は一切ないが、東宮の仕事――しかも一部関係者以外、他言無用などという心身ともに負荷がかかりやすい仕事を増やしてしまったのだ。

 ついでに、東宮以外の人の仕事も増やしている。

 それが、皇帝陛下とか、お父さまだとかいう、かなりの御偉方なのだが。

 

 まあ、陛下とお父さまに関しては、公私の均等を上手く保ち、上手く発散させることを得意とする人種なので、不満諸々を発散させることができないのではないかといったたぐいの心配は一切していない。

 

 ただ、東宮に関しては……

 

 あの人は冷酷だとか無慈悲だとか言われているが、基本的にはクソ真面目だ。

 ただ、女性に対する印象があまりにも酷いので、色々と誤解をされないように頑張った結果が誰に対しても全く同じ対応――すなわち、無表情かつ無感情を装った対応をしているのではないか、というのが私の考察だ。

 

 その証拠に、ある程度信頼関係ができたと思われる私に対しては、多少なりとも自身の抱く感情を見せてくれている。

 

 それが、何故かはわからないけれど、とても嬉しい。

 

 寝台の上で、ぼんやりと考えごとをしていれば、杏が部屋の扉を叩く。

 兄とともに、武官向けの特別な訓練を受けた私は、扉に隔たれていたとしても、足音や気配で、誰がそこにいるのかは判別できる。

 

 入室許可を出せば、衣擦れの音もさせずに、杏が部屋へと入ってきた。

 彼女の入室に合わせて、朝の支度を手伝ってもらうべく、寝台から降りる。

 

 さあ、今日も一日が始まる。

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