第11話 会議 其参

 「飛龍、楝月」

 

 「「は」」

 

 そう、短い返事をした自身の息子と部下に、柳龍は淡々と、命令を下す。

 

 「明妃に、後宮における徳妃の状況や、推測されることを逐一報告することを命ずる。そのことは、飛龍。其方から伝えてくれ。其方自身には、しばらくの間、できる限り明妃の元へ通い、それを余たちに伝えることを命ずる。余も後宮へ行った折には妃たちから情報を集めるようにするが、余の前では皆取り繕うであろうし、その後に雰囲気が盛り上がらないなどということは避けたい。よって、余からの情報はあまり期待するなよ。それに加えて余はおそらく、外交関連の情報処理で手一杯になるだろうから、間諜たちからの情報収集も一任する。楝月は、軍関係においてさらに詳細な情報収集を命ずる。場合によっては視察に出向くことも視野に入れておけ。左丞相と右丞相。礼部尚書には、余から伝えておく。あとは、戸部尚書にも協力させよう。周辺の経済関連の情報もあった方が良い」

 

 さりげなく、自分の欲望が混ざっているが……まあ、ほとんどの内容は正論だったため、少しばかり神妙な顔をしながらも、二人はひとつ、頷いた。

 

 それぞれ、やるべきことは明確になった。もう解散の流れに移るころだろう。

 そう考えた飛龍が、帰り支度を始めようとした、そのとき。

 

 ニヤリと、柳龍が口角を吊り上げた。

 

 ――嫌な予感がする。

 

 長年、父子おやこをやっているのだ。

 こういった時の勘は、十中八九当たる。

 

 わかってはいても逃げることができず、無表情で動揺する飛龍に対し、先ほどの威厳はどこへやら、息子を揶揄う気満々の瞳をした柳龍が、口を開いた。

 

 「それにしても、こんなことで妃の宮殿へ通うことになるなど、其方からすれば願ったり叶ったりであろう?多少仕事が立て込んでいようが、妃の元へ通うことができるなど……羨ましいぞ」

 

 「羨ましいと言われましても……私は別に、好きで彼女の元に通っているわけではありません。あれは義務です。その義務が、増えただけのこと。彼女との間に情があるということもありませんし、父上がおっしゃられるようなことは特に当てはまりませんよ?」

 

 多少仕事が立て込んでいようが、今回のように、よっぽどのことがない限り、ほぼ毎日後宮へ通い詰めている貴方に言われたくはないという本音は胸にしまい、飛龍は軽いため息とともに、自身の意思とは異なる言葉を返す。

 

 それはきっと、認めたくないからだ。

 

 彼女――淳華と過ごす時間を心地よく思い、自分から望んで、彼女の元に足を運んでいる自分を。

 

 しかし、それすら見抜くように、柳龍は笑みを深めて、もう一度口を開く。

 

 「ハハ、明妃が入内してから連日通い詰めておいて何を言う。女子おなごに自分から近づくことはおろか、向こうから寄って来ようとする者すら頑なに拒絶していた其方が、なるべく彼女を訪ねようとしている時点で、少なくとも彼女との時間を好ましいとは思っておるのだろう?それならばもう、半分くらいは浸かっていると思うが?」

 

 ――何に浸かっているというのだ。

 

 だが、彼のそんな思考を知ってか知らずか、なあ、楝月?と、気配を消して退散しようとしていた楝月に話を振る柳龍。

 面倒くさい話に巻き込まれたとばかりに胡乱な目をした楝月は、ため息とともに言葉を口にする。

 

 「……まあ、そうですね。今までの東宮の姿を見ていれば、そう考えるのが妥当ではないかと」

 

 ――まさかの、肯定だった。

 

 思わず、啞然としてしまった飛龍に追い打ちをかけるように、柳龍は、

 

「まあ、話を聞く限り、向こうはかなり手ごわそうだがな――頑張れよ?」

 

 との言葉を残し、執務室を後にした。

 楝月でさえ、やれやれといった笑みで、

 

 「娘を頼みましたよ」

 

 と口にしてから、柳龍に続いて執務室を出る。

 

 ひとり取り残された飛龍は、無表情で呆然としていた。

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