第10話 会議 其弐

 「他国の軍事力についての資料棚から、抜き出して参りました。……ご覧の通り、藠鉦の武器の輸入量・輸出量共に、年々徐々に上がっております。この情報は、念の為礼部を訪ね、そちらの書庫でも確かめましたが――」

 

 同じ、結果でした。

 そう、告げた楝月の表情は、酷く重い。

 

 属国を含む、異国の手に入る限りの様々な情報は、外交及び催事を司る部署である、礼部が管理している。

 また、属国の情報ならば、その情報に関連する部署も、同じ資料の写本を持っていることもある。

 兵部の場合、もし戦が起きたとすれば、属国の軍隊も動員する必要があるし、その際手元にその国の軍関係の資料がなければ作戦の立てようがないからだ。

 その他の部署も、それぞれの理由で、普段から、又はいざという時、直ぐに取り出す必要のある資料を自分たちの書庫へ置いているという訳だ。

 

 とはいえ、やはり原本があり、それ以外の詳細な情報も置いてある礼部の情報の方が、信憑性が高いことも確か。

 特に、知りたいことが重要な情報だった場合は、礼部で確かめることが確実だとされる。

 逆に言うと、礼部にある情報と、自身の部署にある情報が一致していれば、その資料の情報は、十中八九正しいということになる。

 

 「……そうなると、やはり、藠鉦と惺躘とは、ほぼ間違いなく繋がっていると考えて良いようだ、な」

 

 ポツリと、飛龍がこぼした言葉に、二人は落胆を隠せない表情で頷いた。

 

 一瞬、沈黙がその場を支配する。

 窓から差し込む月光の柔らかい光が、とても美しくて、無性に腹が立った。

 

 「今宵の月は、美しいな」

 

 柳龍が小さな、しかしはっきりとした声色で、呟いた。

 

 三人例外なく、窓の外に目を向けた。

 

 彼らの瞳の中には、先ほどまで、自身を覆い隠していた筈の雲を従えるようにした、三日月があった。

 

 堂々と夜空に浮かんでいながらも、月光は太陽のように目を焼くことはなく、ただ優しくて清らかな色を浮かべている。

 

 黙ったまま、三人で夜空を見上げていれば。

 先ほどの話とは何の脈絡もないような、その言葉に続けて。

 

 「余には、この月を守る責務がある。……だから」

 

 柳龍が、そんなことを口にした。

 

 その先の言葉を理解した二人は、大きく頷く。

 柳龍を含めた三人の目は、夜空から壁に掛けられた一枚の絵に向けられた。

 

 その絵には、皇族の父である一体の龍と、国を守護する三日月が描かれていた。

 瑠璃色の鱗を持つ龍は、細長い胴を、白金色の光を放つ月に絡めている。

 まるで、守るかのように。

 

 この国の建国神話、「龍月華りょうげっか」は、こう伝えている。

 

 かなた昔、一柱の女神――月の神が世界を創った。

 そんな月の配偶者であり、彼女を守護する男神の存在。それが、龍神だ。

 月の神と龍神の間には、一人の子がいたという。

 その子は月の神より綜竜の地を賜り、治めるよう命を受けた。

 月の神は、自分の心臓をその地に隠していたからだ。

 龍神の子はその命に従い、母の心臓と、この地を守り続けた。

 その子孫が、皇族なのだと。

 

 そのため、この国では創世神である月の神と、彼女と国を守る龍神の二柱の神を頂点とし、祀っている。

 

 それを表すのが、この絵だ。

 

 月の心臓というのは、この国の人々のことを指す。

 皇帝はその守護者であり、統治者なのだ。

 

 無類の女好きではあるが、これでも柳龍は、皇帝としての素養を完璧に身につけている。

 次期皇帝である飛龍が、己の未熟さにしばしば苛まれる程度には。

 

 柳龍の言葉には、一人の柳龍という男としてではない、皇帝としての覚悟が垣間見えた。

 そんな自身の父を眩しく思いながらも、飛龍はこう誓う。

 

 ――この国を、守り抜いて見せる。

 

 たとえ、この命を散らすことになろうとも。

 

 

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