第9話 会議 其壱

 「二人共、よく来てくれたな」

 

 最初に口火を切ったのは、柳龍だった。

 そろそろ四十になるが、どんなに多く見積もっても二十代にしか見えない見目はおろか、閨事に至っても衰える様子がない――どころか年々元気になっていく――彼の表情には、珍しく疲労の色が垣間見える。

 

 その中に、楝月を残業させたことと、折角妃の宮殿を訪れていたにも関わらず、宮廷へと呼び戻された飛龍に対する申し訳なさが混ざっていることを察知した飛竜は、素早く言葉を紡いだ。

 

 「お気になさらず、主上。主上の命を置いて優先すべきことなど、一つとして存在しないのですから」

 

 東宮より淡々と紡がれた、自身の父に対する本音は、「相変わらず、クソ真面目な……」という、皇帝のボソボソとした無情な独り言によって返された。

 

 余りにも小さな声だったため、飛龍には何も聞こえていなかったことが救いだ。

 まあ、飛龍よりも柳龍から近い席に着いていた楝月にはバッチリ聞こえていたのだが……楝月は聞かなかったことにしたため、特に問題はない。

 

 その後直ぐに人払いを行い、声の届く範囲に部外者がいないことを厳重に確認した彼らは、真面目な会話を進めていく。

 

 最初に言葉を発したのは、楝月だった。

 

 「先ずは、こちらをご覧ください」

 

 その言葉とともに、彼は懐から、折り畳まれた紙を取り出し、丁寧に広げた。

 皆からよく見える位置に置かれたその神には、淳華の書く文字が綴られていた。

 

 おそらく、数刻前に届いたという、淳華が楝月へ書いたという文だろう。

 

 案の定、楝月は「これが、明妃から届いた文にございます」と、言いつつ、重なっていた数枚の紙を並べた。

 

 それを見る三人の表情は、苦々しい思いと、淳華の能力への感心が綯い交ぜになっている。

 沈黙が続く中、柳龍がポツリと言葉を口にした。

 

 「……やはりあの時、藠鉦の皇女を惺躘に嫁がせるべきではなかったか」

 

 このような事態に発展してしまうとは、な。

 そう、苦しげに付け足した自身の父は、悔しげな表情で唇を噛む。

 

 だが、飛龍としては、そうは思わない。

 五年前は、そうせざるを得ないほど、惺躘との関係は悪化していた。

 だから、一時的でも何でも、彼らを鎮める必要があったのだ。

 

 当時十五だった飛龍は、その時の父をよく覚えている。

 

 普段は飄々として、自分の判断に微塵も迷うことのない、自信に満ち溢れた柳龍が、見たこともないほど憔悴しょうすいして、自身の決断に最後まで躊躇していた様子は、飛龍を狼狽ろうばいさせた。

 そして同時に、肝心な時に役に立つことのできない、無力な自分を酷く嫌悪した。

 

 そんな父が下した決断を、否定することなどできるはずがない。

 

 それは皆、よく理解していた。

 だから、何も言わなかった。

 

 ――だが、そうは言っていられない事態が引き起こされた。

 

 そうだ。

 昔の決断を悔やみ、意気消沈していたところで、会議は進まない。

 

 楝月もその結論に達したようで、彼はふっと息を吐き、持参したのであろう三枚の木簡を取り出し、それを皆に配った。

 そして、重い口をゆっくりと開く。

 

 「私は、明妃の憶測が真実だと仮定し、兵部の書庫から、それに関連する可能性がある記録を調べて参りました。……今配布したものは、それを私が写したものです」

 

 少しばかり緊張しながらも木簡に目を通した父子は――揃って、瞠目した。

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