第5話 問題提起 其肆

「「……」」

 

 私の問題発言を最後に、お互いに沈黙する。

 それはそうだろう。皇帝の妃の命が狙われているなどという発言は、個人的な会話であれ、下手をすれば告発される可能性だってあるのだ。

 

 だが私は、私が今口にした言葉通りに、ことが進んでしまうことを望んでいない。


 それならば、不敬罪と言われようが、その言葉を口にして、味方になってくれそうな者――東宮に、私の考察を洗い浚い話してしまうことで、最悪の事態を未然に防ぐ可能性を上げる方が絶対に良い。

 それが私、明淳華の信念だから。

 

 そう、自分に渇を入れて。

 私は、再度口を開く。

 

 「藠鉦は、自分たちの忠誠を誓うため、神の使いとされる容姿をした徳妃さまを綜竜へと送りました。ですが私は……今回の件は、その建前を逆手に取ったものなのではないかと思いました」

 

 「逆手に取る、とは?」

 

 至極真面目な表情を継続したまま、東宮はそう問うた。

 それに対して、私も“悲観的な憶測”を、最後まで真面目に語る。

 

 「徳妃さまを、藠鉦の手の者が殺します。そして、それをあたかも綜竜の人間が行ったかのように仕向けるとします。すると、神聖な御子を捧げたというのに、この国は自分たちのたまを殺したという、藠鉦が我らへ反抗する口実ができてしまうのです」

 

 だから何だ?

 東宮は、そう言いたげな表情をして、私を見つめている。

 

 だから、今回の一件は厄介なのだ。

切れ者とされる東宮が気づかないほど小さな、しかし、確実に浮上してくるような問題が潜んでいるから。


 ふっと息を一つ吐き、言いずらい言葉を一気に吐き出す。

 

 「お忘れですか?徳妃さまの姉君は、惺躘せいりょうの皇太子へ嫁いでいるのですよ」

 

 その一言に、東宮の顔がサッと青くなった。

 私の言わんとすることを、理解したのだろう。

 

 惺躘とは、綜竜の属国の一つ。

 藠鉦の隣に位置する国だ。

 

 この国は綜竜の属国の中でも飛びぬけて広い国土と強い力を持つ国で、属国にする際の戦争も、かなり大規模なものだったという。


 それが終了したのが、確か属国を大量に増やし、国を広げた賢帝とされている、現代から三代前の単なる戦争好きの愚帝…皇帝の治世のころのこと。

 最終的に綜竜が勝利したということで綜竜の属国となったわけだが、こちら側の被害も相当だったらしい。

 

 ――だが、今でも、惺躘が綜竜の属国だということを拒否し続け、独立を求める者が一定数以上いるという、現在、政情が非常に不安定な国だ。

 

 私個人としては、そんな不安定な政情に巻き込まれる可能性を上げるくらいならば、いっそのこと独立させてしまえば良いのではないかと思うが……こればかりは、私にそんな権限はないため、どうしようもない。

 

 一方の藠鉦は、惺躘とは対照的な国で、自ら綜竜の属国になることを申し出てきたのだという。


 小国で、力は弱いが、貿易で富を蓄えた国。

 そんな藠鉦が、力ある綜竜の庇護下に入ることで、自身らの安全を確保し、綜竜は、藠鉦の持つ富の一部を自国のものにできるという取引が行われたのは、例の三代前の皇帝の治世である。

 どうやらあのぐて、……皇帝は、そういったことは考えられる人だったようだ。

 

 そして今もなお、藠鉦とは属国の中でもとても良い関係を築くことができている。

 

 今代皇帝は五年前、そんな藠鉦に、綜竜と惺躘との関係悪化を抑えるために惺躘へと自国の皇女おうじょを嫁がせるという役目を命じたのだ。

 

 綜竜の皇帝の子供は何人かいるが、公主はたった一人しかおらず、しかも当時はまだ五つと幼すぎたため、綜竜の公主を惺躘へ送ることはできなかった。

 そういった理由から、属国の中でも良好な関係にあり、年頃の皇女がおり、なおかつ惺躘に近くに位置する藠鉦に白羽の矢が立ったのだという。

 

 しかし、これはその場しのぎの解決策に過ぎなかった。

 そう、私は思っている。

 

 小国ながら、貿易の中継ぎを行っており、異国からの品が大量に行き来する国、藠鉦と、綜竜に支配されることを厭う大国、惺躘。

 

 政情を抑えるために結ばれたこの二国だが、下手をすれば政情が悪化し、激化することは火を見るよりも明らかだ。

 

 そんな、私が恐れていたことが、現実になった可能性が高い。

 

 だからといって、陛下を責める気は毛頭ないが。

 

 当時の綜竜はまだ、周辺国と比べれば安定しているという程度で、若干の不安定要素を残していた。

 だから、たとえその場限りの解決策だったとしても、そうするしかなかったのだろうから。

 

 一人、そんな風に思考を巡らせていれば。

 暫くの間絶句していた東宮が、ややあって、少し震えた声で言葉を紡いだ。

 

 

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