第3話 問題提起 其弐
「そう感じた理由を、説明してほしい」
東宮は短く、詳しい説明を促す。
私はもとよりそのつもりなので、いつもよりも真摯な表情で、一つ頷いた。
そして、急ぎすぎない程度の速さで、淡々と自身の考察を述べる。
「まず、一つ目。彼女の客間はとても美しく、洗練された空間でした。――しかし、部屋の隅や、棚の上などには埃が被っていたのです。私が来ると知っていて、しかも向こうから誘ってきたというのに」
「それだけでは、弱いのでは?」
その問いは最もなので、素直に頷く。
しかし、これはあくまでも、違和感の一つに過ぎない。これをはじめとした、私が感じた違和感の点と点が繋がったからこそ、私は東宮に話をしているのだ。
「では、二つ目。徳妃さまの、髪型です」
「髪型?」
怪訝そうに返す東宮に対し、私は大きく頷いた。
「そうです、髪型です。あの日、徳妃さまは横髪をそれぞれ、端で髪紐を使って結わえて肩の前に垂らしており、後ろの髪はそのまま背中へと流していらっしゃいました。確かにとても美しく、徳妃さまによく似合っておりましたが――髪を高く結わえては、いませんでした」
この国では、身分の高い女性は基本的に、髪を高く結う。
豪奢で手間も時間もかかる髪型にすることで、自身の身分の高さを表すためだ。
そして当然ながら、そんな髪型を自分一人で作ることなど、不可能だ。
そのため、基本的には、自身の世話をする侍女数名に、髪型を作らせる。
それを瞬時に理解したであろう東宮は、ハッとした表情で私を凝視する。
「ですから、私はこう思ったのです。徳妃さまは、侍女に髪すら結ってもらってはいないのではないかと」
そこまで言ってから、工芸茶に手を伸ばし、一口啜る。
淹れて少し時間の経ったお茶は、ぬるい。
「もちろん、それだけでは確たる証拠ではございません。単に、その髪型が好きで、そうしたという可能性もございますから。…ですが、あの徳妃さまが、自ら進んで周りとは違う髪型にして、わざわざ好奇の視線に晒されることを、するでしょうか」
ごくり、と、東宮の喉仏が上下する。
「そして三つ目。徳妃さまは、顔に白粉を塗っていました。そんなことをせずとも、色白だというのに。これは高い確率で、彼女の体調が万全でないことを示しますが…今まで体調不良を原因に宮殿へ引き籠っていたというのに、まだ完全に回復していない状態で無理矢理茶会を開く意味が、わかりません。それに、私は身分こそ高いとはいえ、後宮内では新参者です。徳妃さまともなれば、他の四夫人の面々からのご招待もある筈ですのに、何故私を誘ったのでしょう、ね」
ふっと一息ついた後、ちらりと東宮の顔を見た。
彼はいつになく険しい表情で、私の言葉を反芻するように、一人、思考していた。
そして、私はまた、口を開く。
「また――徳妃さまは、緑貴妃や栖淑妃とは異なり、会話をすることが非常に苦手なご様子でした。何度も話しかけようとしては黙り込む、ということを繰り返されておりましたし、私が話しかけたときには大分動揺され、お答えされる際などもひどく混乱されておりました。そして、そのときに彼女の侍女頭は――何も、しなかったのです。助け舟も出さず、徳妃さまの不手際を詫びることもなく。ただ、微笑んでそこに立っていました」
ひゅうっと。
そんな、息を吞む音が聞こえた。
私は、そんなあからさまに動揺する東宮に対し、最後の根拠を投げかける。
「そして極め付きに――彼女の衣服に、針が仕込まれていたのです」
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