第2話 問題提起 其壱

 その日の、黄昏こうこん三つ時(午後八時~八時半)。

 私は、東宮がこの宮殿に向かったという知らせを受けたため、侍女数名と共に、宮殿の入り口で待機する。

 面倒くさいし、そこまで問題でもないので、いつもならば出迎えなどしないが、今日は事態が事態だ。

 故に、いつもよりも丁寧に対応することにした。それだけのこと。

 既に別の侍女数名に命じて部屋という部屋はピカピカに掃除させている。


 彼女たちには、下手をすれば、初日の顔合わせよりも重要な案件だとだけ伝えておいたため、顔色を変えて掃除に取り組んでくれていた。


 話さなければならない内容の要点を頭の中で反芻していれば、東宮が到着した。

 すっと膝を折り、手短に形式的な挨拶をする。

 

 「ようこそいらっしゃいました、東宮。積もる話がございますので、どうぞ中へ」

 

 ……まあ、積もる話といっても、最後に会ったのは一昨日ですけどね。

 

 そう思いながらも、さっさと中に入れという気持ちを込め、私は早足で自室へと歩き出す。

 そして自室へと東宮を連れ込んだ――と言えば語弊があるが――私は、侍女に軽く礼を伝えてから部屋から出てもらった。

 

 扉が閉まるなり、既に長椅子へ座っていた東宮が私へと問う。

 

 「……で、珖徳妃の何が問題だった?」

 

 その言葉に敢えて答えることなく、私は黙って茶を淹れる支度をする。

 部屋の掃除を命じていた侍女の一人に、私と東宮が部屋に入る直前に湯を沸かしておいてほしいと頼んでおいたため、湯は沸騰していた。

 

 後方から、刺さるような視線を感じたが――無視する。

 

 その湯の半分ほどを硝子で作られた透明な茶壷と茶杯二つへと注ぎ、温める。

 十分に温まったところで湯を捨て、鞠の形をとったお茶を二つ取り出して、それを茶壷へと入れた。

 

 その背後から、おい、とか、話を、とか言うやんごとなきお方の声が聞こえるが、華麗に無視する。

 

 そして、湯を沸かしていた茶壺と硝子の茶壷。それに茶杯二つを盆の上に乗せると、無言のまま、長椅子の前に置かれた卓へとそれらを運んだ。

 

 色々と言葉を投げかけてくる東宮を視界の端にとらえつつ、何も言わずに湯を硝子の茶壷へと注ぐ。

 

 鞠の形をしていたお茶が、ふわりとほころび始めた。

 ぼんやりと眺めていれば、透明だった湯が、少しずつ色づいてゆく。

 ふわりと、甘い香りが室内へと広がっていった。

 

 苛立ちが増した様子の東宮が、軽く声を荒げておい!と、声を発した瞬間。

 私は初めて、口を開いた。


 「それなのですが、」

 

 一旦言葉を切って、硝子の茶壷を覗く。

 丁度そのとき、鞠の形をしたお茶が、金盞花の形をとった。

 十分に花が開いたことを確認した私は、その淡く色づいた液体を双方の茶杯に注いで、その一つを東宮へと差し出す。

 

 私は自分の手元に残した茶杯に口を付け、その続きを口にした。

 

 「問題があるのは、徳妃さまではないと感じました。問題があるのは、徳妃さまではなく――彼女の、侍女頭ではないかと」

 

 いつになく真剣な表情で。そう、言い切った私に対して、東宮も真顔で、話を続けるよう促した――

 

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