第32話 違和感 後編

 私は、そんな風に、無言で――心の中では色々と考えていたが――お茶を飲んでいた。徳妃さまの出方を見るためだ。

 だが彼女は、何度か会話を始めようとしては軽く咳払いをして黙り込むということを何度も繰り返していた。

 紫蘭や鈴華のように、話し上手ではない。それどころか、口下手なように見える。  

 皇族に、王族。貴族の子女ならば、会話術という能力は坩堝るつぼのような貴族社会で生き残るために必要不可欠なので、どの国でもどの家でも一定以上に教育される筈なのだが……

 ついでに言うならば、私の場合はその教育をサボっていたわけでもなんでもなく、単に無口なだけである。

 まあ、これ以上何も言わずにいても何の収穫にもならないので、こちらの方から話しかけてみることにする。

 そんな思いから、私はゆっくりと口を開いた。

 

 「…こちらのお菓子、味もさることながら見た目がとても美しいですね。あまり見慣れない果物が多く使われておりますが、これらのは藠鉦の商人によって、異国から輸入されたものなのですか?」

 

 私からかけられた言葉が想定外だったのか、徳妃さまは目を白黒させ、おろおろと視線を彷徨わせた。

 普通なら、ここで背後に控えている徳妃さまの侍女――その中でも、侍女たちの中で、主人よりは控えめだが、他の者と比べて濃い色の服を纏い、装飾品を増やした女性――侍女頭が徳妃さまに助け舟を出すか、自身の主の不手際を詫びるところだろう。――普通ならば。

 

 しかし、彼女――侍女頭はそこに立ったまま、微動だにしなかった。

 徳妃さまへ、大丈夫ですかの一言も掛けなかった。

 ただ人形のように、そこに佇んでいた。

 その口元を、誰も気づかない程度に、ほんの少しだけ歪めて。

 

 その間に、徳妃さまは何とか冷静さを取り戻したようで、つっかえながらも返答を口にした。

 

 「は、はい…おっしゃる、通りです。この果物は、藠鉦から取り寄せたものを使いました。…そ、の。すみません。まさか、そんなことを聞かれるとは思わなくて」

 「いえ、こちらこそ唐突に申し訳ございませんでした。私は気にしておりませんので、徳妃さまもお気になさらず」

 

 そう、ほんの少しだけ口調を和らげて言葉を返せば、徳妃さまはあからさまにホッとした表情を見せた。

 その一方で、彼女の侍女頭は表情を動かすことなく、徳妃さまを見つめていた。

 私など、そこにいないかのように。

 その口元に浮かんでいた筈の小さな弧は、いつの間にか消えていて。

 少しの間、彼女を見つめていた怜悧な瞳は、すっと視線をずらした。

 その視線の先を辿ると、私の返答に安堵した徳妃さまが、胸元へと移動させた腕がある。

 何か嫌なモノが脳裏を掠めるが、その正体を確かめる前にそれは去ってゆき――

 

 刹那。

 

 「ッつ!?」

 

 辛うじて声になったかならないかという程度の小さな悲鳴とともに、徳妃さまが顔を歪ませた。

 彼女は慌てて唇をキュッと引き結び、何でもありませんと呟いた。しかしながら、生憎私は“原因”を見逃してはいなかった。

 

 その原因。彼女の袖の中に一瞬キラりと光ったもの――小さな、針を。

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