第30話 徳妃
徳妃さまの宮殿、桃簾宮を約束の時間丁度に訪れれば、既に一人の侍女が宮殿の前で待機していた。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
その言葉と共に扉が開けられ、宮殿を案内される。
その行動だけを見るに、侍女の態度は普通。
鈴華の宮殿――月長宮の侍女程愛想が良いわけではないが、悪いわけでもない。
まあ、こんなものかと早々に結論付けた私は、大人しくその侍女の後ろについて廊下を歩く。
それから少しして、客間に辿り着いた。
「こちらで少々お待ち下さい」
そう言い残して、その侍女は客間を後にした。
恐らく、彼女の主人――徳妃を呼びに行ったのだろう。
その間、暇だった私はあまり失礼にならない程度に室内を観察することにする。
今私が座っている長椅子と、きっと後で徳妃さまが座るのであろう長椅子は綜竜で作られたと思われるものだが、床に敷かれた絨毯は、真紅の地に金と少し灰色がかった緑色でつる草模様が描かれた豪奢なものだった。
これは恐らく、藠鉦が西方の異国から輸入したものだろう。
藠鉦は、西方から綜竜へとやって来る商人や使節団の中継地点に位置しているため、貿易の中継ぎ等を積極的に行っているのだ。
飾られている調度品も、鈴華とはまた違った意匠だが、異国文化と綜竜の文化が混ざり合い、程よく調和している。
だがよく見ると、部屋の隅や棚の上には埃が被っている。
私が来ると知っていながら、だ。
私が舐められているのか、それとも別の何かがあるのか…
それを見落とすことがないよう、他の箇所にも一通り目を通したが、それ以外に違和感を感じるところはなかった。
そんなことを考えていたが、扉が開く音がしたため、視線をそちらに向けて背筋を伸ばす。
開いた扉から入室してきたのは――絶世の美女だった。
膝のあたりまである長い白髪は、横髪をそれぞれ端で赤い髪紐を使って結わえ、肩の前に垂らしており、後ろの髪はそのまま背中へと流している。
丸い真紅の瞳はまるで紅玉のようで、吸い込まれるような光を宿している。
肌の色も真っ白で、日に当たると焼けてしまうのではないかと思った。
だが、その表情は少しこわばっており、緊張していることがありありと分かる。
そのためか、彼女の背後からも桃色の服を着た侍女が数名、ぞろぞろとついて来ている。
月白の襦裙に、自身の瞳よりも若干明るい茜色の裳を身に纏った徳妃さまは、柑子色の披帛を揺らめかせながらこちらへ向かってきた。
それに合わせて、私は長椅子からゆっくりと立ち上がる。
そして徳妃さまは、私の前までやって来るとややぎこちない動作で礼をし、言葉を述べた。
「初めまして。東宮妃、淳華さま。昨日はわたくしの一存で面会をお断りしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「こちらこそ、初めまして。体調の方はもうよろしいのでしょうか?」
「はい、もう回復いたしましたので」
どうぞお座りになってと続けられたため、すとんと着席する。
一拍後、彼女も向かい側の長椅子に同じ様に腰かけた。その後ろには、徳妃さまについて来た数名の侍女たちが控えており、万が一体調不良が再発したときの対策もできている。
そんな感じで、私と徳妃さまとの顔合わせは幕を上げた。
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