第28話 二人で鍛錬
キンッ、キンッ、ガキッっ
現在私――私たちが行っているのは、模擬刀を使った打ち合い稽古。
私の相手は言わずもがな、淑妃さま――鈴華だ。
自身より五つも年上の彼女を呼び捨てにすることに抵抗があったため、思考する中ですら名前を呼び捨てにするのはなかなか慣れない。
しかしながら、瞳をキラキラさせて名前を呼び捨てにしてくれと迫る彼女を振り切るほどの術は、私は持ち合わせていなかった。
というか、そんな術を持ち合わせている人は皆無に等しいんじゃないかと思う。
そんなことは置いておいて。
時間はまだまだあったし、鈴華の方も茶会の予定は入れていなかったということだったので、私の襦褲の一つを貸して打ち合いを行っているというわけだ。
ちなみに、行っている場所こそ屋外だが、先程まで私が鍛錬を行い、鈴華を発見した場所よりも宮殿の内部に近い中庭である。というのも、さっきの場所は私の宮殿――天藍宮の敷地内でもかなり端の方に位置していたため、声はもちろんのこと、剣を打ち合う音が外にいる誰かに聞かれる可能性が高いからだ。
宮殿の端っこはかなりの広さがあったし、侍女の仕事の邪魔になりにくいので、一人で行う鍛錬にはうってつけの場所だった。
だから、屋外で鍛錬を行う際は、基本的にあの場所で行っていた。
だが、先程の鈴華のように、剣の音を聞かれるとかなり面倒なことになるというのもまた事実。
――いや、鈴華ほど耳のいい人もなかなかいないと思うけど。
だが、打ち合いとなると、当然剣の音は響くし、声だって出やすくなる。
ついでに言うと、東宮妃というのは私一人しかいないので――いや、東宮の段階で側室又は愛妾をこさえられても問題だけど――私の宮殿の立地はかなり良い。六尚にも四夫人の宮殿にも行きやすいという良物件である。
となると、当然のことながら人通りも多い。
そんな場所に最も近い中庭で鍛錬を行うと、確実に何らかの噂が出る。
噂話の対応は物凄く面倒なので、それくらいなら場所を移そうと考えたので、私たちは今ここにいる。
そんな風に、今までの経緯を振り返りながらも、私は動きを乱れさせることは一切ない。
鈴華の流れるような太刀筋で袈裟斬りにかかってきた刀を正面から受け止め、その勢いを利用して円を描くように受け流す。そしてできた僅かな隙を利用して、腹部へと素早い突きを繰り出す。
しかし彼女は、それを下から上へと跳ね返し、左から右へと刀を薙いだ。
私はそれを、体を素早く捻ることで躱し、体の捻りを立て直した後、回し蹴りを繰り出す。
鈴華は左方へ跳び移ることで辛うじてそれを避けたが、やや重心がぐらついている。
私は、それを見逃すことなく冷静に。しかし的確に、下から上へと彼女の刀を狙って自身の刀を思い切り打ち付ける。
狙い通り、鈴華の持つ模擬刀は彼女の手を離れて宙を舞った。
ゼエゼエという荒い息がその場を支配する。
しかし、その表情は、お互いにスッキリとしたもので。
達成感に満ち満ちたものだった。
「勝負、ありましたね」
鈴華はふと、形の良い唇から、呟くように。そう、口にした。
「…そう、ですね」
私は、彼女と目線を合わせ、そう言葉を綴る。
そして、お互いの顔を見て。
私たちは、どちらともなく微笑み合った。
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