第27話 その理由とは

 「後宮で武術ができる者など、護衛の仕事を主とした宦官くらいのものです。ですが、東宮妃である私が、彼らに鍛錬の相手を頼むなど言語道断。そもそも、武術ができる宦官というのは貴重ですから、常に多忙を極めています。ですので、私は後宮入りしてから今日まで、誰かと共に訓練をすることができていないのですよ」

 まあ、当たり前だ。

 私はもともとかなりの身分だったのだが、今では東宮妃という御大層な肩書きをも貰ってしまってもいるわけで。

 たとえ、周りが考えるような理由とは少しも関係のない、ただ鍛錬の相手をしてもらうという理由であっても、宦官を自分の宮殿に引き入れるのは、ちょっと――否、物凄く危ない誤解を生みかねない行動だといえよう。

 まあ、私が東宮妃でなくとも、今代皇帝陛下は妃一人一人を心から愛している人なので、そんなことがないように後宮を管理しているし、あったとしたら厳重な沙汰を下すだろう。

 

 ――今代皇帝。


 賢帝と呼ばれているお方であるのだが…あの皇帝、妃に対してはこちらが驚くほど自分の欲に正直なお人なのだ。

 それ故に、陛下が即位したころから側近として仕えていた私の父は、彼の方が妃に関する何らかの行動を起こす度、またか…と言いたげに遠い目をしていたのを覚えている。

 というか、実家にあった記録書を調べた私も、真面目かつ画期的で、独特の発想力に満ちた、歴史に残すに値する政策の中に時折混ざる明らかに自身と自身の妃に関する政策や行動には呆れた――というか何も言えなかった。

 

 自分の希望に忠実ながらも、何だかんだで妃のことを第一に考えるという姿勢は、美徳と言えないこともない。言えないこともないのだが、臣下という立場としては、もう少し自重してほしいというのが本音だ。

 

 とまあ、そういう事情があるもので。

 

 宦官に鍛錬の相手を頼むということは、どうぞ噂を広めて下さいと言っていることと同義だ。

 そんなことをするのは、ただの馬鹿である。

 

 ――だから、私は諦めていた。

 

 二年間の後宮暮らしの間は、鍛錬は全て自分一人で行うものだけになると。そう、思っていた。

 

 だが、私は見つけた。

 

 一緒に鍛錬を行うことができる程度の実力を持っており、なおかつ、理不尽が過ぎない内容であれば、私の“お願い”を退けることができない権力者を。

 

 だから私は、それを利用する。

 それは“利用”であって、決して“利害の一致”などではない。

 

 それを伝えるため、私は口を開いた。

 

 「勘違いなさらないでください。私がこれを提案したのは、あくまで貴女が利用できると思ったからです。私と鍛錬を対等に行える程度の実力を持ち、茶会と称して頻繫にお会いしても怪しまれず…しかも、決して秘密を漏らさない。――こんな優良物件を黙って逃すほど、私は優しくないんですよ」

 

 表情を変えることなく。私は、彼女を利用すると。――そう、言い切った。

 残酷なことを言っている自覚はある。だが、そんなことはどうでもいい。

 最も大事なのは、我が身以外の何物でもないのだから。

 

 だから、彼女との利害が一致するなんてことは――単なる偶然である。


 だが、淑妃さまは可愛らしい笑みを浮かべて頷いた。

 

 「――はい。決して口止めされたことを漏らすことはしないと、誓います」


 よろしくお願いいたします、と。そう、付け加えた後に、彼女はまた笑顔を見せる。


 ――その言葉は、単なる口約束。

 だが、今の私たちからすれば、それだけで十分だ。


 故に、私はその言葉に無言で頷いた。

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