第26話 条件

口元に描いた弧――笑みはとっくに消え失せて、元の無表情に戻ってこそいる。

だが、内心ではかなり動揺している。


私はもともと感情の起伏が小さい上、表情筋の変化に乏しい故に、滅多に――否、一度もと言っても過言ではないほど、人前で感情を表に出すことはなかった。

ましてや、笑ったことなんて絶対にないと断言できる。

賢妃との舌戦の際のものは、どちらかというと激怒した結果煽るために微笑んだというようなものなので、除外する。


身分だけは高かったから、いわゆる適齢期という時期には、縁談は降るように舞い込んだ。

全て破断になったが。


その理由の一つに、以前説明したようなもの以上に大きなもの。


それが、この鉄面皮だろう。


――愛嬌のない女は嫌われるから。


ただ、それだけのこと。


これは憶測だが、おそらくは、愛嬌がなくともお飾りの妻としてなら、娶ってもいいという者はいたのだろう。

だが、この国の貴族に嫁ぐのであれば、大半が私の実家よりも身分が下だ。

そして、自分より上の地位の姫君をお飾りにする勇気のある者は、当然のことながら存在しなかった。

例外として、異国への嫁入り話が持ち上がっていたらしい。

しかしながら、相手のところの侍女が、私の相手となるはずだったそいつの子を身籠っていることが発覚したとかで立ち消えたため、除外する。


結婚したいならば、表情に乏しくとも、せめて少しでも美しくなるように化粧の技術を磨くとか、着飾るとか、流行に敏感になる等といった努力をするべきだったのだろう。

結婚したいならば。


だが生憎と、私は嫁に行く気など少しも持ち合わせていなかったため、そんな努力をするどころか遠ざかろうと躍起になっていた節すらあった。


まあ、嫁き遅れが確定した時点で留学できるかと思っていたところを、東宮妃という欲しくもない肩書を賜って後宮に放り込まれたのだが。


まあ、これ以上考え事をし続けて淑妃さまを固まらせておくのもアレなので、こほん、と一つ咳払いをして、口を開く。


「えっと…淑妃さま。今回のことは決してどなたかに吹聴する気はございません。私の胸に収めておくつもりですので、その点はご安心を」


ぽかん。

私の言葉を聞いた彼女の反応は、そんな擬音がよく似合うものだった。


まあそりゃそうですよねと思いながらも、彼女からの言葉を待つ。


ややあって、彼女の形の良い唇が動いた。


 「どう、して…ですか?」

 「何の益もないからに決まっているじゃないですか」


 愚問だ。派閥が同じだし、噂話はあまり好きではない――というか嫌いなので、わざわざそんなことをして得をすることなんて一つもないのだ。

 

 そんなことに労力を使うくらいなら別のことをした方が良い。

 

だが私は、彼女を無条件で放免するほど優しくはない。

 

故に、目をしばたかせている淑妃さまに、再度言葉を投げかける。


「――ただし、条件があります」

 

 ひゅっと目を見開き、体を強張らせて続きの言葉を待ち構える彼女に向かって、私はその条件を口にする。


 「お時間が空いたときには、私の鍛錬に付き合って下さい」

 「…へ!?」

 

 淑妃さまより間髪入れずに発せられた驚愕の反応を聞き流しつつ、私は次の言葉を紡いだ――

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