第25話 淑妃の事情

 その告白に、驚くのと同じくらい、納得した。

 予想外の言葉でありながら、すとんと腑に落ちるものがあったから。

 今までに少しずつ見せていた小さな片鱗たちが、ぴったりと一つにはまったように。

 点と点が、一つの糸で繋がったように。


 舞――それも、剣舞が得意だという情報。

 硬いはずの小瓶の蓋を、難なく開けたその握力。

 

 一般の人ならば気づかないようなそんな仕草に、私は無意識に違和感を抱いていた。

 

 私も、武術をやっていたから。

 

 貴族の姫君が武術を習っているなんて、あり得ないことだから、誰も不思議に思うこともなかったのだろう。

 

 私だって、告白を受けてようやく納得したのだから。


 そんな風に、私は胸の内で思考を巡らせていただけなのだが、淑妃さまからすれば呆れて物も言えないような状態にあるととられているようで。

 まるで死刑宣告を受ける前の囚人のように、青ざめた表情で震えていた。


 再度、彼女の瞳に水滴が溜まってきているのを見てようやく思考を手放した私は、慌てて言葉を口にする。


 「えっと…つまり淑妃さまは、私が鍛錬をしている際の物音に気付き、こっそりと覗くつもりがつい近くに寄ってしまった結果、私の宮殿の敷地内に入ってしまわれた…ということでよろしいでしょうか」


 彼女はぎゅっと唇を嚙み、こくりと頷いた。

 そして、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。


 「私は…子供の頃から武術の試合を観戦するのが好きだったんです。何度も何度も見るうちに、自分でもやってみたくなって。護身術を習うという名目で、護衛に簡単なものを教えてもらったのがその始まりです。やればやるほど楽しくなって、ついのめり込んでしまって…実家にあった武術の指南書を読み込んで、本格的なものを独学で習得しました。ですが当然、周りに武術をやっているご令嬢なんていなくて。それで、久方ぶりに聞こえた剣が空を切る音に反応してしまって…」


 ――驚いた。聴覚の鋭さもさることながら、基礎は護衛に教授されたとはいえ、護身術以上のことは独学とは。

 いや、というより、それ以上のことは教えてもらえなかったのだろうなと、思い直す。

 同時に、自分は父や兄に何でも教えてもらえるという恵まれた環境にあったことも実感する。

 

 ちょうど会話が途切れたとき、侍女が茶と茶菓子を運んできた。

 

 自然に空気を読むことができるところ、優秀だ。働いてくれている分は、しっかり労わねばと思う。

 

 茶は洋菊茶、茶菓子は白焼酥はくしょうそという、卵白と砂糖をつのが立つまで泡立てて焼いたものだった。

 洋菊茶の優しく甘い香りと、サクサクとしていながら口の中でほろりと崩れる食感が癖になる白焼酥の相性は抜群だ。


 ついでに洋菊茶には、神経を落ち着かせて気持ちが安らぐ効果もあるので、今の淑妃さまにはピッタリだろう。

 

 やっぱりちゃんと労わねば。


 私が侍女を労うためのあれこれを考えている最中、淑妃さまはおずおずと白焼酥を齧り、洋菊茶を口に含んだ。

 

 硬く強張っていた彼女の表情が緩み、口元には笑みが浮かんだ。


 ――良かった。


 向こうに非があるのはその通りではあるのだが、大して気に病むほどのことでもないし、彼女の派閥は私と同じだから、噂を吹聴して貶めても利があることなどこれっぽっちも存在しない。

 

 私は純粋に理由が聞きたいだけだったので、これ以上の緊迫感は無用だ。

 というか相手を慰めるのは非常に苦手なので、自然に気を緩めたことにはひどく安堵した。


 だからだろうか。


 彼女につられて、思わず口元に弧を描いてしまったのは。


 案の定、淑妃さまは、目を見開いて絶句してしまった。

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