第24話 尋問
「も、申し訳ございません…っっ!」
驚くべきことに、私の攻撃を軽やかに躱した不法侵入者――淑妃こと、栖鈴華。
彼女は、次の瞬間――謝罪の言葉を口にしながら、見事な土下座を披露した。
「………」
これには、流石の私も絶句した。
というか、どうすればいいのかさっぱり分からなかった。
無表情のまま、内心おろおろしていたのだが、彼女の瞳が徐々に潤んでいくことに気付き、とりあえず、宮殿の中に入ってもらうことにした――
彼女を応接間に通し、侍女に茶と茶菓子を持ってくるよう頼む。
ついでに言うと、私と淑妃さまは、あの区画から正面玄関へとコソコソ移動し――ありがたいことに誰一人いなかった――あたかもお互いの事情を包み隠さず知っているかのように振る舞いつつ、ここまで移動した。
そして私は現在、長椅子に向かい合って座った状態で、じっと彼女を見つめている。
驚きのためか、はたまた羞恥のためかは知らないが、彼女の頬は熟れた林檎のように赤く染まっている。淑妃さまは、透き通るような白い肌色をしているため、それがよく目立っていた。また、長い睫毛には涙が溜まっており、今にも零れ落ちてしまいそうだ。
不憫だったので、手巾を取り出し、そっと手渡した。
彼女は目を見開いてから、ぼそぼそと礼の言葉を口にし、それを受け取った。そして目元を軽く拭い、元通りにそれをたたんで私に差し出した。
それを受け取りつつ、私は淑妃さまと視線を合わせる。
そして静かに、だが有無を言わさぬ口調で問いかけた。
「それで、淑妃さまは何故、私の宮殿に不法しんにゅ…無断でいらっしゃったのでしょうか」
「っつ…」
淑妃さまはびくっと体を震わせ、唇を嚙んだ。
予想通りの反応だから、大して罪悪感を抱くことはない。
私は、淑妃さまが答えるまで何も言わず、彼女を見守るだけ。
――それが、どんなに辛いことか
罵倒されることもなく、通報されることもなく。
無言のまま、ただ罪の告白のみを求められる。
それは、生温い尋問よりもずっと、精神的な苦痛を感じるということを。
私は、よく知っている。
子供の頃、お父さまは私を叱ったことはなかった。
ただ、私のことをじっと見つめるだけで、一言も悪いとか、謝れなんて言葉を口にしなかった。
でも、私を見つめるその瞳は、何の怒りも、悲しみも、失望さえも映していなかった。
何も、映っていない瞳。
虚無という言葉がぴったりなその瞳を見るだけで。思い出すだけで。私の心は蝕まれていく。
敬愛する父が、私に何の興味も持っていないように見えたから。
父にその表情が宿ることを、どれだけ恐れていたことか。
それを知ったうえで、私は全く同じ行動を取る。
鬼だと思われても別に構わない。
元来私は、一部の人を除いた人に何と思われても気にしないから。
でも、彼女は私とは違う。
もし私が今日のことを誰かに吹聴すれば、淑妃という彼女の立場はあっけなく崩れるだろう。
後宮を追放される可能性だってあるだろう。
下手をすれば実家が没落してしまうかもしれない。
だから彼女は、私に洗いざらい話すしかない。
緊迫した状態が続く中、とうとう淑妃さまは口を開いた。
「わた…も、…なん、です…」
しかし、ごにょごにょとした音が聞こえるのみで、聞き取れない。先日のハキハキした様子が嘘のようだ。
「もう一度、お願いしてもいいですか?もっと大きな声で」
そう尋ねれば、彼女はぎこちなく頷き、息を吸い込んだ。
そして、
「私も、武術が好きなんです!」
と。そう、言った。
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